Research
機能性炭素材料
カーボンニュートラル及び同リサイクルは環境保全と持続的開発を目指した21世紀中盤における重要な政策の一つです。経済産業省(資源エネルギー庁)が発行するカーボンリサイクル技術ロードマップにおいて三段階のフェーズが提案されており、2030年までのフェーズ1においてカーボンリサイクルに関するあらゆる技術についての開発を重点的に取り組むことが示されています。カーボンリサイクルにおいて,炭素の回収と固定化だけではなく,資源としての有効活用も重要な研究課題です。このような背景において,物質化学研究室では炭素に付加価値を創造し,炭素材料として活用することで環境保全・資源活用・産業への貢献を目指しています。
●グラフェンとナノグラフェン
ダイヤモンドや黒鉛以外に炭素には様々な同素体が知られています。例えば球状のフラーレンやチューブ状構造のカーボンナノチューブなどがあります。物質化学研究室では,グラフェンおよびその類縁体に着目しています。グラフェンは炭素原子がハニカム状の配列した二次元化合物です。広大なπ空間を持つため,グラフェンは極めて高い電子移動度や機械的強度などを有する優れた材料の一つです。2004年に単層グラフェンの剝離とその物性が報告されて以降[1-3],世界中でグラフェンに関する研究開発が盛んに行われています。
しかし,広大なπ空間同士の相互作用によりグラフェン同士が会合し,水や有機溶媒に対する溶解性がほぼ期待できないため,グラフェンを化学的に修飾することは一般的に困難です。そこで,無機材料である黒鉛の酸化分解により得られる直径数nm~数十nmのグラフェンフラグメント(ナノグラフェンもしくはグラフェン量子ドット)を現在研究対象としています。量子閉じ込め効果により数eV程度のバンドギャップを持つナノグラフェンは,紫外光で励起され,可視光領域で発光します。さらに,グラフェンの酸化分解により形成されるカルボキシ基などの含酸素官能基によりナノグラフェンは水溶性を持ちます。そのため,水溶性の発光材料としての利用やバイオイメージングへの応用が試みられています。
ところで,ナノグラフェンのサイズ分布やπ空間の状態などは黒鉛の分解方法に大きく影響を受けます。物質化学研究室では,前任校の灰野岳晴教授(広島大学)と共同で独自の方法でナノグラフェンを得る方法を確立しており[4],この方法を用いることでπ空間の欠損が少なく、サイズ分布が比較的に狭いナノグラフェンを得ることができるようになりました。このナノグラフェンに種々の化学的な修飾を施すことで新奇な機能性ナノカーボン材料の開発を推進しています[5]。
●有機溶媒への可溶化と白色発光
ナノグラフェンのエッジ修飾による有機溶媒への可溶化を実現しています(図1)。ナノグラフェンのエッジ部分に存在するカルボキシ基を機能性有機置換基で化学修飾することで,有機溶媒への親和性の向上と,有機置換基同士の立体的反発が原因の一つと考えられるナノグラフェン同士の会合による沈殿を阻害できることがわかりました。その結果,炭素材料全般の欠点である溶解性と化学修飾,そして精製の困難さを一挙に解決しました[6]。
図1.ナノグラフェンのエッジ修飾
化学修飾を施したナノグラフェン(厳密にはナノグラフェンの集合体)の中には,有機溶媒中で白色発光するナノグラフェンもあります(図2)。この成果は,ナノグラフェンのエッジ構造の修飾により,ナノグラフェンがもつ光物性のチューニングができることを示すものです。材料開発を合理的に進めるため,計算化学を用いた物性探索及び物性評価も行っています。
ところで,光物性などのチューニングを図るうえでナノグラフェンの構造解析は不可欠です。サイズなどの情報は,透過型電子顕微鏡や原子間力顕微鏡を用いた直接観察で得ることができますが、分子性化合物と同様な詳細な構造情報を得ることは困難です。そこで,有機化合物等の構造決定で用いられる分析法と計算化学を用いた手法を併用することで,「ナノグラフェンの構造を解明する」という理学的な観点からの研究も進めています[7]。
図2. 有機溶媒中で白色発光するナノグラフェン [6]
●ナノグラフェンと超分子化学の融合
非共有結合性の分子間相互作用により,分子同士をプログラマブルに自己組織化することで通常の合成化学では得られない構造体(超分子)の構築と機能発現に関する研究が国内外で盛んです。物質化学研究室では,超分子化学の重要な要素である「自己組織化」をナノグラフェンと融合させることで,分子性化合物の自己組織化では実現できず,かつ従来の炭素材料とは異なる新奇な炭素材料の開発を進めています[8-9]。例えば,エッジ部分に水素結合が可能な有機置換基を導入したナノグラフェンは有機溶媒中で横方向に自己組織化し,超分子ネットワークポリマーを形成することを見出しています(図3)。
図3.ナノグラフェンの横方向での自己組織化による超分子ネットワークポリマー[9]
ナノグラフェンは広大なπ空間をもつため,面を利用することで垂直方向の自己組織化も可能なはずです。実際に,縦方向の相互作用が強くなりすぎないようにエッジ部分を適切に化学修飾することで,縦方向の自己組織化の制御が可能であることを見出しています(図4)[10]。このように,エッジ部分の適切な修飾によってナノグラフェンの自己組織化とその方向を制御することが可能です。
図4.ナノグラフェンの縦方向での自己組織化[10]
ナノグラフェンが自己組織化したとき,エッジ部分に導入した有機置換基の分子運動が抑制される可能性があります。実際に,エッジ部分に凝集誘起発光(Aggregation Induced Emission (Enhancement))を示す有機置換基を導入したところ,ナノグラフェンの自己組織化により,有機置換基の発光強度が増大することを見出しました。この成果は,適切な化学修飾をナノグラフェンに施すことで,様々な展開が可能であることを示しています[11]。この成果を活用することで,ナノグラフェンを高分子中に均一に分散でき,凝集による消光を防ぎつつ,かつ赤色や青色,それらの加色混合により単独で紫色に発光するナノグラフェンを実現しました(図5)。
図5.ポリマー中に均一に分散したナノグラフェン[11]
一連の成果は,コンポジット材料開発において基盤となる重要なものです。一例として金属ナノ粒子とのハイブリッド化が挙げられます。金属ナノ粒子は強力な触媒として機能しますが,有機溶媒には溶解しません。そこで,エッジ修飾することで有機溶媒に対して高い親和性を持たせたナノグラフェンの表面に金属ナノ粒子を担持させることで,有機溶媒中に分散でき,かつ触媒能をもつナノグラフェンを実現しました(図6)[12]。脂溶性のナノグラフェンはTHF中に分散できるため,金属ナトリウム等を加えることで表面を還元できます。その溶液中に金属(例:塩化パラジウムなど)を加えることで金属イオンがin-situで還元されるため,グラファイトなどの積層構造中に金属をインターカレートさせる方法と比較して容易にナノグラフェン-金属ナノ粒子のハイブリッド系を構築することができます。
図6.ナノグラフェン上に担持された銀ナノ粒子[12]
●Top-down法とBottom-up法
ナノカーボン材料は大きく分けてbottom-up法とtop-down法により開発が進められています。前者は,主に炭素-炭素結合結合反応を駆使した有機合成によりナノグラフェンを合成する方法です。得られたナノグラフェンの構造や物性は核磁気共鳴分光法やX線結晶構造解析,そして計算化学的手法を用いることで詳細を明らかにできます。後者は,前述の酸化分解などの方法でナノグラフェンを得る方法です。構造の均一性こそbottom-up法で得られるナノグラフェンに劣りますが,直径数十nmのナノグラフェンをグラムスケールで得ることができます。やや乱暴な分類になりますが,bottom-up法はナノグラフェンの開発が目的であり,top-down法は得られたナノグラフェンの利用を目的としています。物質化学研究室では,両者の融合も重要な研究課題として取り組んでいます。
●炭素材料を手掛ける企業様へ
ナノグラフェンや関連する酸化グラフェンなどのグラフェン系物質は新しい材料として注目されてきました。しかし,実際にどのように使用するのか,どのような用途があるのか,などがはっきりとしないのが現状です。当研究室では,グラフェン系物質と有機化合物が共有結合で連結されたハイブリッド系がその解の一つではないかと考えています。産学連携も重要視しておりますので,必要に応じて研究代表者にお問い合わせください。
超分子構造体
分子性化合物をベースとした超分子化学も物質化学研究室の重要な研究テーマです。自己組織化により形成される超分子の中には,内部に空間を持つものがあります。このような分子は分子認識などに用いることができます。例えば、Pd2+と架橋配位子(L)が自己組織化することでPd2L4型の超分子が形成されます。この超分子は,SO3-基をもつ有機分子を包接し、1:2のホストーゲスト錯体を形成することを明らかにしています(図7)[13]。
図6.Pd2L4型錯体とSO3-基をもつ有機分子からなるホストゲスト錯体[13]
興味深いことに,特定のアニオンが存在するとき,このアニオンがテンプレートとして働き,二分子の超分子が自発的に二量化することで相互にインターロックした超分子を形成することを明らかにしています(図8)[14]。さらに特定のアニオンにより単量化が起こることも明らかにしています[15]。このように,分子同士が自己組織化することで予期しない構造体の形成や,興味深い機能性が発現することがあります。物質化学研究室では,炭素材料に加え,固体中や溶液中で形成される超分子とその機能性について研究しています。
図8.アニオンにより駆動される自己二量化と単量化の模式図[15]
学生さんへのメッセージ
物質化学研究室では無機化学と有機化学,それらに関連する高分子化学や計算化学を基盤とし,基礎化学から応用化学の方面において研究を推進しています。そのため,機能性を有する物質の設計・合成,そして物性評価に興味を持ち,自らの手で新物質の開発を行ってみたいと考えている学生を歓迎しています。合成を主とする研究と異なり,得られた化合物の性質や構造に関する情報を得るために種々の測定及び解析を行います。そのため,合成技術のみならず、測定や解析に関する技術を習得することができます。研究室の訪問・見学も随時受け付けています。研究の性格上,他大学の研究室との共同研究を行うことがあります。他大学の研究室と交流し切磋琢磨することで,自身の将来につなげたい意欲的な学生を特に歓迎します。
学生の教育と研究力向上のために,国内外の学会での口頭・ポスター発表と学術論文としての研究成果公表を重視しています。そのため,雑誌会(研究室セミナー)や抄録会,
そして研究の進め方から学術論文作成と投稿に至るまで指導しています。
参考文献
[1] K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S.
V. Dubonos,I. V. Grigorieva, A. A. Firsov, Science, 2004, 306, 666–669.
[2] A. K. Geim, K. S. Novoselov, Nat. Mater., 2007, 6, 183–191.
[3] A. K. Geim, Science, 2009, 324, 1530–1534.
[4] I. Matsumoto, R. Sekiya, and T. Haino, RSC Adv., 2019, 9, 33843–33846.
[5] R. Sekiya and T. Haino, Chem. Rec., 2022, 22, e202100257.
[6] R. Sekiya, Y. Uemura, H. Murakami, and T. Haino, Angew. Chem. Int.
Ed., 2014, 53, 5619-5623.
[7] R. Sekiya and T. Haino, ChemPhysChem, 2024, 25. e202300740.
[8] I. Matsumoto, R. Sekiya, and T. Haino, Angew. Chem. Int. Ed., 2021,
60, 12706-12711.
[9] Y. Uemura, K. Yamato, R. Sekiya, and T. Haino, Angew. Chem. Int. Ed.,2018,57,
4960-4964.
[10] I. Matsumoto, R. Sekiya, and T. Haino, Angew. Chem. Int. Ed., 2021,
60, 12706-12711.
[11] S. Arimura, I. Matsumoto, R. Sekiya, and T. Haino, Angew. Chem. Int.
Ed., 2024, 63, e202315508.
[12] S. Takahashi, R. Sekiya, and T. Haino, Angew. Chem. Int. Ed., 2022,
61, e202205514.
[13] R. Sekiya and R. Kuroda, Chem. Commun., 2011, 47, 12346-12348.
[14] M.Fukuda, R.Sekiya, and R,Kuroda, Angew. Chem. Int. Ed., 2008, 47,
706-710.
[15] R. Sekiya, M. Fukuda, and R. Kuroda, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134,
10987–10997.