弘前大学理工学部物質創成化学科


研究内容

研究内容

1.はじめに

 私は本州の北,弘前にて液晶材料の研究に携わっている。 この度,研究室紹介の機会をいただいたので,研究室の概要と現在進めている研究内容について紹介させていただく。 私は弘前大学理工学部物質理工学科機能素材工学講座に所属しており,そこでは教員6名の大講座制で研究・教育活動にあたっている.私達の研究室は, 私が勤務していた日本鉱業・ジャパンエナジーの液晶材料研究を引き継ぐ形で,2000年4月にスタートした.その際,ジャパンエナジーから測定装置・液晶材料の移管を受けた。 また装置立ち上げの際は,同僚であった西山伊佐博士(大日本インキ化学工業株式会社)と古澤(旧姓伊勢)典子さんが弘前に来てくれ,装置のセットアップをしてくれた。 現在,私達が弘前にて液晶材料研究を進めていけるのは会社関係者の多大な協力のおかげであり,深く感謝している。

2.研究室の概要

 2004年3月に機能素材工学講座に鷺坂将伸助手が着任し,私と共同で研究室を運営している。 鷺坂助手は界面化学を専門とし,リオトロピック液晶の秩序形成や超臨界流体を用いたプロセス開発の研究を行っている。 私はサーモトロピック液晶における新しい秩序の構築と機能発現を研究している。 平成16年度の研究室のメンバーを写真に示す。 内訳は, D1:2名,M2:1名,M1:3名,4年生:4名,研究員(東北化学薬品(株)から派遣):1名,あと私達スタッフ2人で計13名である。
 毎年4月に4年生が研究室に配属される。 4年生の1年を紹介しよう。 まずトレーニングコースと称して,5月の中頃まで液晶の勉強と測定装置の使い方などを先輩について習う。 液晶に関する本で読んできてもらい,そこに記載されていることを実際やってみるのである。 相転移の顕微鏡観察,DSC測定,相図の作成にはじまり,諸物性(らせんピッチ,Δn,Δε,自発分極,傾き角など)の測定を行う。 平成16年度からはX線結晶構造解析も加えた。その後,各自にテーマが与えられる。 それに沿った最初のターゲット化合物が示され,新規化合物の合成が始まる。 研究室では研究会と文献会を週に1回づつ行っており,また2週間に1度レポートを出してもらっている。 研究会は研究状況の報告であり,一月に1回の割合でまわってくる。 一方,文献会は研究論文の紹介で,大学院生は年に4回程度,4年生は後期に1回行う。 私達は秋の日本液晶学会討論会を主な研究発表の場としており,平成16年に名古屋大学で開催された討論会には大学院生は全員参加した.弘前の冬は寒いが,12月を過ぎると,卒業研究の追い込みとなる.2月に卒業研究発表会が開催される.発表前に,一人3回ぐらい私の前で発表練習をしてもらう.相手に自分の考えを伝えられるようになってもらいたい.また,研究のまとめ方の訓練でもあり,私はつい追加実験を指示してしまう.3月中旬に卒論を提出して終了となる.弘前大学も平成16年度から法人化され,私は企業勤務の経験があるということで,結構仕事がくる.会議が多い日々ではあるが,一日2回ぐらい各人の状況を聞こうと,実験室を回っている.歩き方と足音をまねされてしまっているということを知ったので,最近はいろいろパターンを変えて実験室に近づいている.
 また,機会をみつけて学外の講師による講演会を行っている。 西山博士には講演のみならず学生たちの研究指導も行なっていただいた。 2003年には英国Hull大学のJ. Goodby教授を迎え,9月の祭日にセミナーを開催した。 学生全員の話をGoodby教授に聞いていただき,助言・コメントをもらった。 大学院の学生はパワーポイントで時間をかけて,一方,4年生はセミナー室でサンドイッチやおにぎりなどの昼食を食べながら,OHPを用いて自分の研究の話をした。 学生たちにとって英語で研究発表をするなどとは初めてのことであり,相当緊張していた.10時から17時までセミナーを行った後,18時より場所を居酒屋へ移し,懇親会を始めた.次第に緊張もほぐれ,Goodby教授の周りに輪が出来,終ったのは2次会のお店の終了時刻の1時頃だった.彼は学生たちのことを"My students"と呼んでいたが,2004年のILCCで彼に再会した際に,4年生の研究内容を覚えていたのには驚かされた.
 私はセミナーのみならず,その後も大切と考えているので,よく懇親会を行っている。 ただ,学生達は私がたんに宴会が好きなのだと誤解しているところもある。 毎年12月に3年生を対象に研究室配属のための紹介を行うのだが,その際「僕(あるいは私)はお酒が飲めないのですが,大丈夫でしょうか」と必ず質問される。 少し,方針をあらためたほうがよいのかと思ってもいる.

3.研究内容

 次に私達のところで進めている研究について紹介したい。 私達は液晶相における分子運動を考慮した設計が重要であると考え,それに基づき種々の化合物を設計・合成してきた。 特に液晶相におけるキラリティ?の役割に興味を持っている。 分子運動を調べるために,液晶状態におけるC-13NMR測定を行った。 そこで得られた情報をもとにしたスメクチック相のモデルを図1に示す。
図1.C-13NMRから得られたスメクチック相のモデル
図に示すように,「コア部分に協同的な相互作用が存在し,それが層内の長距離秩序の形成に寄与していること(コア−コア相互作用」および「層間の側鎖の入り込みによって隣接層のコア部分に相互作用が生じること(層間相互作用)」がわかった。 さらに,NMRの結果はSmA-SmC*相転移においてコア部分のコンフォメーション変化を示唆している。 以上の情報をもとにいくつかの新規なキラル化合物を合成してきた1)。 弘前大学に来てからは二量体液晶などのスーパー分子が形成する新しい液晶秩序について研究している2)。
 図2に示すシアノビフェニル基とフェニルピリミジン基をコアに持つmPYnOCBでは,スペ−サー原子数が奇数でその数が異なるものどうしを混合することによって,N相やSmA相の低温側に,層構造を持たず, またリエントラントネマチック相とも異なる新しいフラストレート液晶相(Mx相)が誘起された3)。 このMx相は分子パッキング(エントロピー項で層間相互作用)とコア−コア相互作用(エンタルピー項で層内相互作用)の競合によって生じたものと考えている(図3)。
図2.スペーサー長の異なる非対称二量体液晶の混合によるフラストレート相の誘起
図3.フラストレート相発現のモデル
 図4に示す二つの液晶分子をカテコールでつないだU型(BOPPHB)を設計した.この化合物は図1のモデルにおいて,層内の隣接する2つの液晶分子の長軸回りの回転の相関を強くしようとしたものである。 ネマチック相でありながらX線回折において層間隔に由来すると思われるピークを示した。 ネマチック相の中に微視的にはスメクチック相類似の秩序を形成できたものと考えている4)。
図4.特異な相転移挙動を示したスーパー分子
 このU型化合物に軸不斉を導入したものがビナフチル誘導体である。 この化合物はスペーサーのメチレン数nが奇数の時にIso-BP-SmAという相系列を示し,nが偶数ではIso-N*-SmAであった。 ブルー相は通常短いらせんピッチをもつN*相の高温側にごく狭い範囲で出現するが,この化合物ではSmA相の高温側に比較的広い温度範囲でブルー相を示した5)。
 また,U型化合物にもう一つ液晶形成基を導入したλ型化合物を設計・合成した。 この化合物はSmA相の低温側に通常のスメクチック相とは挙動が異なる液晶相を発現した。  X線回折で層間隔に相当する3つのピークが観測され,いずれもその方向が層の法線方向であることから,この相は異なる3つの周期構造をもつ不整合なSmA(SmAinc)相と同定した6)。 二量体液晶はそのスペーサー原子数の奇偶により液晶相の安定性などに顕著な違いが有ることが知られているが,λ型化合物は図5に示すように一分子中にベンドとパラレルの2つの二量体液晶分子を含有したものである。
図5.λ型液晶分子の特徴
   今迄述べてきたことは,新規な液晶秩序を形成するための方法論の研究であるが,次にこのような研究をもとにしたディスプレイ用液晶材料開発について紹介したい。 青森県では平成13年度から地域結集型共同研究事業「大画面フラットパネルの創出」(研究統括:東北大学内田龍男教授)を進めている。 2003年のIDWにおいてOCBモードを用いフィールドシーケンシャル方式による6インチパネルを発表した。 私はこのプロジェクトで材料開発のグループリーダーを担当している。 ディスプレイ用液晶材料の開発においてしきい電圧(Vth)の低下は重要な課題である。 VthはΔεの平方根に反比例することから,Δεを大きくすればVthが低くなる。 一方,TFT駆動には高い電圧保持率(VHR)が要求されるが,シアノ基のような極性基の導入はVHRの低下をもたらす。 分子内に大きな極性基を持たず,添加することによって系のΔεを大きくできないものかと考えた。 そこで,U型分子の長軸方向にフッ素を導入したスーパー分子を合成し,ネマチック相の電気光学効果に及ぼす影響を調べた7)。 含フッ素U型化合物及び対応する単量体の分子構造と相転移温度を図6に示す。 単量体では液晶相を示さなかったが,U型にすることによってネマチック相を発現した。 次に,このU型化合物1をホストネマチック液晶組成物に10wt%添加し,光透過率の電圧依存性を調べた(図7)。 ホスト液晶のVthが4.0Vであったのに対して,化合物1を添加した系では1.9Vと顕著な低下が見られた。 一方,化合物2及び3を添加した際のVthはそれぞれ3.0V及び3.4Vであった。 次にΔεを測定したところ, U型化合物は単量体から推定されるより大きなΔεを誘起し,その結果,Vthを顕著に低下させたと考えられる.
図6.含フッ素U型化合物並びに対応する単量体の分子構造と相転移温度
図7.含フッ素U型化合物の添加が電圧光透過率曲線に及ぼす効果

4.これから

 弘前は四季がはっきりし,春の桜は特にすばらしい。例年5回ぐらい花見に行っている。 また,初夏は清清しく,毎日岩木山を眺めている。夏になると街は『ねぷた祭』一色となり,太鼓と笛の音が鳴り響く。 冬は雪が積もり,さすがに寒い.雪は軽く,舞い上がるような地吹雪となる。研究室からスキー上のゲレンデの明かりが見える。 学生達は文献会のあとにそのままナイタースキーに出かけたこともあった。 私は大学からも街の中心からも歩いて20分ぐらいのところに家を借りて住んでいる。 大学へは自転車で7分程度で,通勤ラッシュは無縁である。 朝はシジミ売りの声が聞こえ,静かな中にも街には昔ながらの音色がある。 新幹線が来る見通しすらないが,都会とは違った時間の流れの中で暮らしている。 また,学生の気質にも弘前らしさがあるのかもしれない。 ここ数年,学生達が私の誕生祝いをやってくれている。 今年は私の歳を一つ間違えていたが.彼等は料理も上手で,みそ鍋,すき焼き,チャゲ鍋が出てきた。 その脇で,京都出身の学生が一生懸命にたこ焼きを焼いている。 都会で企業に勤務していた頃とは違った面白さと喜びがここにはある。 一方,地元に働く場所が少なく,大学生は多いが,社会を支える中堅どころが少ない。 学校を卒業した若者は都会に向かう.街の活力が年々下がっていくように思える。 弘前大学も2004年4月から法人化され,試行錯誤である。 大学院が重点化された大きな大学とはいろいろな面で力の差を痛感する。 私が出来ることは,学生達と一緒に過ごし,研究を進めるにあたって考え・悩むところを彼等と共有し,そのような中で何かを伝えていければと思っている。  時々,彼等が思いもかけないような面白い結果をもってくるので,それが一番の活力源かもしれない.教員にとって学生は目の前を過ぎ去る多くの若者の一人かもしれないが,学生にとっては卒業研究の指導教員は一人である。  若者の大切な時間を有意義なものにし,卒業して10年たってから評価される研究室でありたい.
 研究を進めるにあたっては西山伊佐博士から貴重な助言と励ましを受けている。 また,共同研究等を通じて学内外の多くの方々から御指導をいただいた。 この場をお借りして感謝申し上げたい。 最後に,大学に勤務するようになり,恩師故田伏岩夫京都大学教授から受けた教育のすばらしさとありがたさを強く感じている.先生からいただいたものの何分の一かを学生達に還せればと思う。 さあ,彼等からプレゼントされたマフラーを巻き,手袋をして研究室に行こう。