現在では分子軌道計算のためのコンピュータプログラムも多数開発され, 広く利用されている。 最も著名なものの一つは, その功績により 1998 年にノーベル化学賞[3]を 受賞した Pople らを中心に現在でも精力的に開発が進められている Gaussian という名称のプログラムであり, 最新のバージョンである Gaussian98[4] は弘前大学の tappi にも 購入してインストールされている。
分子軌道計算では, まず種々の積分を評価して行列要素を求め, 次に行列の固有値問題を解いて電子の軌道とそのエネルギーを求めることになる。 この行列の大きさは, 分子の大きさや, 得られるエネルギーの精密さに応じて 決まり, 現在では数百次元のものを扱うことも普通になってきている。
例として, 蛍光検出による金属イオン認識をする有機化合物についての研究を 紹介する。 ここでは, 蛍光性の有機化合物と金属イオンとの相互作用様式や 相互作用エネルギーなどを分子軌道計算によって見積もり, 金属イオン認識のメカニズムや化合物による認識能の違いなどについて検討している。
われわれは分子内エキシマー形成による金属イオン認識をする一連の化合物を 研究する中で, 分子内にひとつのナフタレン環しか持たないにもかかわらず, マグネシウムイオンの添加により長波長側に新たな発光を示すことがあるという 現象を見いだした。 これに対して分子軌道計算により錯体の安定構造が得られ, マグネシウム(II) イオンがカルボニル酸素およびナフタレンの 電子と 相互作用し, その結果として側鎖のアミド基が大きく捻じれていることが わかった(図 2 左)。 また吸収スペクトルの計算により, ナフタレン環の吸収よりも長波長側に LMCT (ligand-to-metal charge transfer) 遷移があることを見いだした (図 2 右, スペクトル中に矢印で示す)。 これらの結果から, 実験的に見いだされた新たな発光は, 捻じれ構造による TICT (twisted inrtamolecular charge transfer) 発光か, または LMCT 状態からの発光と考えた[5]。