next up previous
Next: 3 おわりに Up: 2 研究紹介 Previous: 2-1 ガドリニウム(III) 錯体の構造と 4f

2-2 蛍光性有機分子による金属イオンの選択的検出

多電子系である分子の問題を記述する Schrödinger 方程式を一般的に解析的に 解くことはできない。 しかし, 分子全体に広がった軌道というものを考えて, さらに数値的な解法を 工夫することにより, 化学の分野にも容易に量子力学が適応可能になった。 これにより化学的に興味のある化合物について, その分子のもっとも安定な分子構造 (原子間距離や結合角)・分子内の電子分布や エネルギー状態を知ることができる。

現在では分子軌道計算のためのコンピュータプログラムも多数開発され, 広く利用されている。 最も著名なものの一つは, その功績により 1998 年にノーベル化学賞[3]を 受賞した Pople らを中心に現在でも精力的に開発が進められている Gaussian という名称のプログラムであり, 最新のバージョンである Gaussian98[4] は弘前大学の tappi にも 購入してインストールされている。

分子軌道計算では, まず種々の積分を評価して行列要素を求め, 次に行列の固有値問題を解いて電子の軌道とそのエネルギーを求めることになる。 この行列の大きさは, 分子の大きさや, 得られるエネルギーの精密さに応じて 決まり, 現在では数百次元のものを扱うことも普通になってきている。

図 2: 分子軌道計算により得られた N-ethyl-1-naphthalenecarboxamidemanganese(II) のもっとも安定な 配座異性体の最適化構造 (左) と紫外可視吸収スペクトル (右).
\scalebox{0.3}[0.4]{\includegraphics{spec-mg-am.ps}}

例として, 蛍光検出による金属イオン認識をする有機化合物についての研究を 紹介する。 ここでは, 蛍光性の有機化合物と金属イオンとの相互作用様式や 相互作用エネルギーなどを分子軌道計算によって見積もり, 金属イオン認識のメカニズムや化合物による認識能の違いなどについて検討している。

われわれは分子内エキシマー形成による金属イオン認識をする一連の化合物を 研究する中で, 分子内にひとつのナフタレン環しか持たないにもかかわらず, マグネシウムイオンの添加により長波長側に新たな発光を示すことがあるという 現象を見いだした。 これに対して分子軌道計算により錯体の安定構造が得られ, マグネシウム(II) イオンがカルボニル酸素およびナフタレンの $\pi$ 電子と 相互作用し, その結果として側鎖のアミド基が大きく捻じれていることが わかった(図 2 左)。 また吸収スペクトルの計算により, ナフタレン環の吸収よりも長波長側に LMCT (ligand-to-metal charge transfer) 遷移があることを見いだした (図 2 右, スペクトル中に矢印で示す)。 これらの結果から, 実験的に見いだされた新たな発光は, 捻じれ構造による TICT (twisted inrtamolecular charge transfer) 発光か, または LMCT 状態からの発光と考えた[5]。


next up previous
Next: 3 おわりに Up: 2 研究紹介 Previous: 2-1 ガドリニウム(III) 錯体の構造と 4f
Ryo MIYAMOTO
平成13年8月28日