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2-1 ガドリニウム(III) 錯体の構造と 4f 電子のふるまい

電子常磁性共鳴法 (EPR) は磁気共鳴法のひとつであり, 磁場中におかれた不対電子のスピンとマイクロ波との相互作用にもとづく 分光学的手法である。 不対電子は有機ラジカル・活性酸素ラジカル・常磁性金属イオン (酵素の活性中心) ・結晶やガラスの格子欠陥などに存在し, その EPR スペクトルはスピンのまわりの局所的な環境の情報を含んでいる。

しかし現在の所, スペクトルから精密で有用な情報を引き出すためには スペクトルのシミュレーションが必要であり, これによって, スピンハミルトニアンに含まれる種々の相互作用の エネルギーの大きさを見積もることになる。 実際には, 得られたスペクトルの解析のためのスペクトルシミュレーションの プログラムを開発し, 実測のスペクトルを再現するようなパラメータを 探すことになる[1]。

希土類元素 (ランタノイド, ランタニド などともいう) は発光材料や磁性材料として 広く利用されており, また今後の利用の広がりも期待されている。 われわれの研究室では, これらの物性の中心的な担い手と考えられる 4f 電子の 性質を調べるために, 種々の希土類錯体の EPR スペクトルを測定し, 得られたスペクトルから希土類イオンまわりの局所構造を推定する方法について 検討している。

図 1: $\rm Gd(phen)_2Cl_3 \cdot 5H_2O$ の X-band (9 GHz) および Q-band (34 GHz) EPR スペクトル. 実測 (実線) とシミュレーション (波線).
\rotatebox{180}{\scalebox{0.3}{\includegraphics{spec1a.ps}}} \rotatebox{180}{\scalebox{0.3}{\includegraphics{spec1b.ps}}}

図 1 に示したのは, 1,10-phenanthroline を配位子に持つ Gd(III) の錯体の EPR スペクトルであり, 同一の試料を異なった周波数帯で測定したものである[2]。 この系は $S = 7/2$ $\rm ^8 S_{7/2}$ であり, 次のようなスピンハミルトニアンによってよく説明できる。

\begin{displaymath}
\hat{\cal{H}} = \mu_{B} {\bf\tilde{S}} \cdot {\bf g} \cdot {...
...+ \frac{1}{\hbar^2} {\bf\tilde{S}} \cdot {\bf D} \cdot {\bf S}
\end{displaymath} (1)

ここで $\bf S$ は電子スピン角運動量演算子, $\bf B$ は外部静磁場を それぞれあらわすベクトル量で, $\bf g$ は g-因子, $\bf D$ は ゼロ磁場分裂相互作用をそれぞれあらわすテンソル量である。 また $\mu_{B}$ はボーア磁子, $\hbar$ はプランク定数を $2\pi$ で 除したものである。 フィッティングパラメータとしては, トレースレスな $\bf D$ の主値を構成する 二つの値 ($D, E$) だけである。 図 1 では $\vert D\vert = 392 \times 10^{-4} {\rm cm}^{-1}$, $\vert E\vert = 97 \times 10^{-4} {\rm cm}^{-1}$ とすることで, 実測のスペクトルと かなりよく一致したシミュレーションスペクトルを得ることができた。 実測とのずれは, (1) 式では無視していた電子スピン角運動量演算子の 4 次および 6 次の項を考慮する必要があるのかもしれない。 なおこの系では, 64 次の複素行列の一般化固有値問題を数万個解くことで ひとつのスペクトルを得ている。


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Ryo MIYAMOTO
平成13年8月28日