弘前大学理工学部地球環境学科地圏環境学分野堀内研究室

シベリアの真珠,バイカル湖と地球環境の歴史

(月刊ホームページ・2004年9月号)






今月の月刊ホームページは,地球環境学科・地圏環境学講座の堀内が担当します.



前から北西に向かって約3,000 km,ロシア連邦南東部に,シベリアの真珠と称えられるバイカル湖があります.バイカル湖は現存する世界最古の湖で,なんとその歴史を2〜3千万年前まで遡ることができます.バイカル湖の底に溜まった泥(湖底堆積物と言います)を分析し,そこに含まれる化石や化学物質より大陸アジアの環境の歴史を解明する試みが,国際的な共同研究としてなされています.今回はこれについて簡単に紹介したいと思います.ちなみに堀内は,1994年よりこの国際共同研究に参加しています.






上に示すのはバイカル湖の位置と等水深線を表した図です.

バイカル湖はユーラシア大陸の極端な内陸部に位置し,典型的な大陸気候下にある湖です.大陸の気候・環境に関する長期記録を得ることは難しく,それゆえにバイカル湖の湖底堆積物は,大変貴重な記録庫と考えられています.冬に日本へ張り出す大陸の高気圧はシベリアを起源とすることからも,日本の気候の歴史を考える上でも重要な情報を保持しているはずです.

一方でバイカル湖は,北東−南西方向に連続する帯状の陥没地帯(これをリフト帯と言います)の中心部に位置しています.この陥没地帯は,最近の地質時代に繰り返し動いた断層−すなわち活断層により区切られており,地質時代を通じてゆっくりと沈んでいます.これがバイカル湖を2〜3千万年もの間この場所に留まらせる原因になっています.バイカル湖は世界で最も深い湖で,その水深は1,643mにもなります.海面の高さを基準とした湖面の標高が456mなので,最も深い場所は差し引き海面下約1,200mにも達します.






左の写真は,断層活動により作られた急な崖です.バイカル湖の特に西岸域には,このような急崖を中心とした地形が発達しています.

バイカル湖の周辺には,右の写真に示すような針葉樹を中心とした森林が発達しています.右の写真のまん中に見える「こんもり」としたものはアリ塚です.






場所によっては,このような荒涼とした草原の風景もみることができます.






我々は湖の底から泥を回収し,そこに過去から連綿と刻まれた環境の記録を解析することで,地球環境の歴史に迫っています.どうやって泥を回収するのかと言うと,湖の底にパイプを突き刺し,パイプの中にびっしり埋まった泥を持ち上げてくるわけです.左上の写真に示すのはその作業の一コマです.

こうしてパイプの中に回収された泥は,コア試料と呼ばれます.コア試料は採取後に,写真右のように縦半分に分割され,観察や分析用試料の採取が行なわれます.この泥に含まれる気候や環境の指標(例えば花粉化石や元素・同位体)から,地球環境の歴史を知ることができます.バイカル湖でも,これまでに数多くの成果が挙がっています.その実例としてここでは,花粉化石の解析結果をお見せします.






上の図は,過去約2万年間の花粉化石の変動を示したものです(Horiuchi et al., 2000).図を見ると,1万8千年前(14C年代)からヤナギ属が卓越するようになり,その後,ハンノキ属やカバ属の増大を経て,約1万年前から現在の森林の主流である針葉樹(マツ属)が卓越することが分かります.

堆積物に含まれる花粉化石の組成は,過去の森林植生を反映します.1万8千年前からのヤナギ属の発達は,この時代のバイカル湖周辺の湿潤化を示し,さらにマツ属の花粉記録より,約1万年前から周辺の植生は完全に現在の形になったことが分かります.こうした周辺域の森林植生回復の歴史は,我々が最近明らかにしたバイカル湖周辺の山岳氷河の後退・消滅史と,時代が一致しています.






上の写真は,バイカル湖周辺の見事な山岳氷河地形を示しています.左は上空から撮影した写真ですが,圏谷やU字谷を確認することができます.右の写真は圏谷の中の様子です.

1万年以上前(石器時代)の寒冷期には,バイカル湖周辺の高山部と谷部は,ほとんど全て山岳氷河におおわれていました.また,およそ12〜13万年前には,現在と同じような(もしくはそれ以上の)温暖期であったことが知られています.つまり,寒冷期と温暖期はくり返していたわけです.こうした寒冷期と温暖期の繰り返しは,規模や周期を変えながら,270万年前から続いていると考えられています.






ここに紹介した研究は,ロシアやアメリカなどとの国際共同研究として行われています.海外の研究者との共同作業により,日々新しい成果が得られています.



内研では,このような湖底堆積物の解析以外にも,氷床コア試料や古木年輪試料の解析により地球環境の歴史に迫っています.興味のある方,ぜひ一緒に研究しませんか?いつでも歓迎しています.



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