柔軟性高い補助配位子を持つ遷移金属錯体の創製と
触媒的物質変換反応への利用

 

研究の背景と目的

 高校の化学の教科書において、化学反応は「ある物質が別の物質に変わる変化」と定義されています。この定義はもちろん正しいですが、実際のところ、多くの化学反応は、一瞬で物質の組成を変換するのではなく、素反応と呼ばれるいくつかの反応段階を経て進行します(図1(a))。錯体を触媒とする物質変換反応もそれは例外ではなく、反応の途中に生じる様々な中間体を経て目的の生成物を与えます。例えば、図1(b)に示すPd錯体を触媒とする反応は、3つの素反応を経て進行します。図1(b)の反応等、錯体触媒を利用する物質変換反応は、有用物質を数多く産み出し、私たちの豊かな暮らしに大きく貢献してきました。そして、現代においては、既存錯体では不可能な高難度物質変換を達成する錯体触媒が求められており、太田錯体化学研究室では、本質的に極めて多段階な物質変換反応のための錯体触媒の開発をめざしています。


図1 : (a)化学反応機構の概要。現象としては反応物が生成物へと変換されているように観測されていても、その間には素反応とよばれるいくつかの反応段階を経ていることが多い。 (b)Pd錯体を触媒とするカップリング反応とその反応機構。

[参考文献] 数研出版「改訂版 化学基礎」「改訂版 化学」(Link)
Miyaura, N.; Suzuki, A. Chem. Rev. 1995, 95, 2457–2483 (Link)

研究開発コンセプト

 目的を達成するために私たちが取り組んでいる方法論が柔軟性高い補助配位子の利用です。多段階物質変換反応では、反応途中に様々な中間体を生じますが、その種類や性質は多種多様です。例えば、図2(a)に示す窒素分子のアンモニアへの変換反応では、Moの酸化状態の変化に伴い、Mo周りの電子的環境が大きく変動していると捉えられます。このような反応において、補助配位子が柔軟に中心金属周りの電子的・立体的環境をチューニングできれば、各中間体を適度に安定化させ、錯体の分解を抑制できると期待されます。以上の戦略の下、私たちはインドリルと呼ばれる物質に着目しています。インドリルは、インドールの脱プロトン化によって生じるアニオン種の総称であり、図2(b)に示すように金属周りの立体的・電子的環境に柔軟に対応して、様々な配位形式をとります。この性質を発揮できる多座配位子ならば、多段階物質変換反応のための補助配位子になるのではないかと考えています。


図2 : (a)多段階物質変換反応の例。Moの酸化状態が大きく変動する。(b)一つの金属に配位するインドリルが取る配位形式。

[参考文献] Diaconescu, P. L. et al. Inorg. Chem. 2016, 55, 10013–10023 (Link)
Nishibayashi, Y. (Ed.) Transition Metal-Dinitrogen Complexes, Chap. 1 (Link)
Ohta, S. et al. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 1570–1575 (Link)

これまでの研究成果

 以上の観点からインドリルを含む多座配位子を持つ錯体に関する先行研究を調べたところ「多座配位子中でもインドリルは元来の多様な配位形式を示すのか」という課題は未解明な状況にあることが分かりました。 そこで、まずはこの課題の答えを明らかにするところから研究をスタートさせています。これまでに、図3に示すビス(インドリル)配位子がチタンやジルコニウムに配位した際、中央の芳香環のかさ高さに応じて、 インドリル窒素の配位構造が変化することを明らかにしました。また、このタイプの錯体がアルキンのヒドロアミノ化反応やエチレン重合反応の触媒前駆体となることも見出しました。


図3 : ビス(インドリル)配位チタンジアミド錯体の構造とN3周りの構造

[参考文献] Ohta, S. et al. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 1570–1575 (Link), Polym. J. 2019, 51. 345–349 (Link), Inorg. Chem. 2019, 58, 15520–15528 (Link)
Mason et al. Inorg. Chem. 2003, 42, 6592–6594 (Link)

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