考え方

 高屈折率プリズムにZnSn、自由電子金属薄膜にAg、測定試料をメタノールとしたKretschmann-ATR法によって、測定されたメタノールのC-O伸縮の反射スペクトルは左のようになる。それに対し、古典的な理論計算によって再現された反射スペクトルは右のようになります。入射光面に対して、光の電場ベクトルが垂直な偏光をS偏光、平行な偏光をP偏光として、それぞれの偏光で測定、及び、計算したものです。

測定結果と古典計算

 ここで使われた計算は、Kretschmann配置をZnSeプリズム/Ag薄膜/Me-OHの3層系としてモデル化し、Snellの法則とFresnelの公式を基本としています。メタノールのC-O伸縮の吸収ピークの再現にはLorentz関数を使いました。2層目のAg薄膜は均一な膜ではないので、Brugemannの有効誘電率近似を用いて、誘電率を補正しました。また、すべての計算は計算プログラムFortran90で計算されています。

 以上の結果から、従来の計算では、金属膜がIsland状、欠陥のある金属膜の中間形態であるときの、P偏光吸収ピークの複雑な変化を再現することはできませんでした。そのため、この現象に寄与する新たな効果を考える必要があります。S偏光の大まかな一致と、P偏光の入射角35〜60°を除いた部分での一致を考えて、従来の古典的な効果に基づく計算に対して、別の効果による計算を付加することで、この複雑な形状変化の再現を試みます。

 従来の古典的な考え方では、Kretschmann配置をプリズム/金属薄膜/測定試料の3層系としてモデル化、つまり、2層目の金属薄膜の形態を有効誘電率近似を用いて、均一な物質の層として計算していました。しかし、実際の金属薄膜は金属微粒子、またはそれらの繋がったもので形成されています。光の電場成分から微粒子内の自由電子が何らかの影響を受けていると考えれば、その薄膜の形態を考慮にいれる必要があります。そのため、プリズム上の金属薄膜を、角柱状の金属微粒子が規則的に並んでいるものと仮定します。

Square Columnar Model

 このモデルをSquare Columnar Modelと呼びます。角柱状の金属微粒子の表面に試料分子(Me-OH)がMonolayer状態で吸着しているとして、以下の4つの現象の重ね合わせによる効果First Layer Effectによって、吸収ピークの複雑な変化が起こると考えます。

(1) Md (Classical Dipolar Interaction)

金属薄膜内部の局在電場と、試料分子のX、Y方向の基準振動との古典的なDipolar Interactionによって、吸収が起きる現象。
金属粒子の側面に対し、垂直な成分を持つ局在電場Enによって生じる。
従来の古典的な効果を考慮した計算と同じもの。

(2) Mee (Electronic Excitation of Vibration)

金属微粒子中の自由電子と、試料分子のZ方向の基準振動の電子的相互作用により、微粒子内に電流が流れ、それにより金属薄膜の電子状態が励起する現象。
金属微粒子の側面に対し、接線方向の成分を持つ局在電場Etによって生じる。

(3) Mr (Surface Resistivity)

局在電場Etによって金属微粒子内に電流が流れて、薄膜の電子状態を励起させる現象。
試料分子の基準振動とのElectronic Interactionを介さずに、単に赤外光の照射のみによって起こるものであり、その点でMeeとは異なる。

(4) Med (Electronic Damping of Vibration)

MdとMeeの2つの試料分子の基準振動に関係する振動状態の励起が、基準振動の減衰によって徐々に衰退していく際に、そのエネルギーが電子状態の励起エネルギーに変換される現象。

※ X方向:薄膜に平行で入射光面に平行、Y方向:薄膜に平行で入射光面に垂直、Z方向:薄膜に垂直

First Layer Effect  それぞれのMatrix Element(M)を用いて、この現象を表すと、左の図のようになります。

 これら4つの現象が、金属薄膜の電子状態(初期状態(0,0))を励起させるには、まずMdとMeeによって振動状態が励起され(状態(0,1))、次にMedによりそのエネルギーが電子状態の励起に使われるという過程と、これとは別に、Mrによって直接、電子状態が励起されるという過程、その両者が影響します。これら二つの過程が組み合わされ、終状態(1,0)となります。

 このFirst Layer Effectを考慮した吸収の大きさA(ω)は、それぞれのMatrix Elementを用いて、入射光の振動数ωの関数として、次の式で表されます。

First Layer Effect計算式

 式中の電場成分Et、Enは古典的3層系計算から導き出します。a、b、nは未知の定数であり、a、bは複素数です。このa、b、及びnの値を特定することで吸収ピークが再現できます。

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