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EPR for Transition Metal Complexes
(遷移金属錯体のための電子常磁性共鳴法)
(弘前大学 理工学部) 宮本量
rmiya@cc.hirosaki-u.ac.jp
- はじめに
- EPR で何が解るのか
- EPR とは何か
- スピンハミルトニアン
- 遷移金属錯体の EPR
- スペクトルの異方性
- なぜ異方性が生じるのか ?
- 配位子の核による超微細相互作用
- 実例
- スペクトル線形のシミュレーション
- 参考書
○ はじめに
電子常磁性共鳴法 (Electron Paramagnetic Resonance, EPR) は、
電子スピン共鳴法 (Electron Spin Resonance, ESR) とも呼ばれますが、
有機ラジカル、ガラスのカラーセンターや、(有機化合物の)励起三重項状態の研究に
広く用いられている、磁気分光学的な手法です。
しかし、遷移金属錯体・有機金属錯体の化学的研究には、
NMR に比べて普及度が低いようです。
また逆に EPR について書かれた解説では、
そのほとんどが有機ラジカルを中心とした説明に終始していて、
遷移金属錯体のことについてはほとんど触れられていません。
そこでここでは、遷移金属錯体・有機金属錯体に対して EPR を用いることで
どんなことが解るのかを提示してみようと思います。
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○ EPR で何が解るのか
この文書の目的が、``EPR で何が解るのか''を解説することにあるわけですが、
ここではまずその要点を紹介します。
◎ 解ることと解らないこと
はじめに当たり前のことですが、
``これさえ測れば全てが解る''というような万能の分光学的手段は
ありません。
また EPR は、常磁性物質を測定の対象としますので、
反磁性物質に対しては無力です。
◎ EPR で遷移金属錯体の何が解るのか
under construction
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○ EPR とは何か
まず始めに EPR について、その概要を簡単に説明します。
EPR で観測の対象になる電子はミクロな磁石と考えることができます。
この時、その磁石の向きとしては好き勝手な方向を向くことができません。
すなわち、たとえば S=1/2 のときには、
外部静磁場 (B0) に対して平行かあるいは反平行のどちらかの
向きしかとることができません。
これが量子力学で言うところの、方向の量子化です。

磁場方向に対して方向量子化された \alpha スピンと \beta スピン
(eps file)
さてこの様に、磁場に対して平行あるいは反平行のスピンのことを、
それぞれ $\alpha$スピンと $\beta$スピンと呼びます。
これらのスピンは、静磁場中 (B0) でお互いにエネルギーが異なります。

そしてそのエネルギーはこれらの式で表されます。
これらの式から容易にわかるように、
スピンの持つエネルギーの大きさは磁場の強さに比例します。

\alpha スピンと \beta スピンのエネルギーレベル
(eps file)
EPR では、このふたつの準位(エネルギーレベル)のエネルギー差が、
ちょうどマイクロ波のエネルギーと一致したときに、
これを吸収します。

EPR では表に示したようないくつかの周波数帯が用いられていますが、
もっとも多いのが X-band で、その他ものは特殊な用途に限られています。
表 1: マイクロ波周波数帯と共鳴磁場
------------------------------------------------------------
& \nu / GHz & \lambda / cm & B_0 / mT (g=2)
------------------------------------------------------------
L-band & 0.9 & 30 & 34
X-band & 9.4 & 3 & 340
Q-band & 34 & 0.8 & 1200
W-band & 95 & 0.3 & 3400
------------------------------------------------------------
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○ スピンハミルトニアン
電子スピン系のエネルギーレベルを記述するために、
以下のようなスピンハミルトニアンを考えます。

電子ゼーマン相互作用以外の種々の効果により、
EPR スペクトルの線形は一般に複雑な構造を持っています。
しかし逆にこのことは、スペクトルが非常にたくさんの情報を含んでおり、
分子に関する有用な知見を得ることができることを意味しています。
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○ 遷移金属錯体の EPR
有機ラジカルと比べて遷移金属錯体の EPR には
次のような特徴があると言えます。
◎ 元素の種類が多い
有機ラジカルではその分子を構成する元素は CHONSP が主であると思われますが、
この内で電子スピンと相互作用する核スピンを持ち、
かつ天然存在比が充分である同位元素は
H-1 (I=1/2)、N-14 (I=1) と P-31 (I=1/2) だけです。
これに対して遷移金属錯体では文字通り取り扱う元素の種類が多く、
またそれぞれで核スピンを持つ同位体もたくさんるうえに、
その核スピンも 1/2 から 7/2 まであってスペクトルを複雑にします。
◎ 原子価電子が d,f 軌道にある
多くの有機ラジカルは
そのスピンを $\pi$-軌道に持つ $\pi$-ラジカルであったり、
ダングリングボンド軌道に主としてスピンがあるといえます。
それに対して遷移金属錯体では、
スピンは d-軌道あるいは f-軌道に入っている場合が多いと言えるでしょう。
これらの軌道は軌道角運動量を持つため、スピンの緩和に対する挙動や、
g, A, D の異方性などに重要な寄与をすると考えられます。
◎ 原子が重い
遷移金属錯体では電子スピンが相互作用する原子核は
CHON などに比べれば遥かに重い元素です。
すなわちこれは、
電子スピンの入っている軌道のスピン軌道結合定数が大きく、
前項の軌道角運動量とあわせて
スピン軌道結合相互作用が大きいことを意味しています。
◎ スピン多重度が大きい
一般に有機化合物では、
特殊な構造を持つもの以外は縮重した軌道を持たないため、
有機ラジカル分子のスピン多重度は二重項の場合がほとんどです。
そしてまた中性分子の励起状態の場合には、三重項状態をとることになります。
それに対して遷移金属錯体では、
d-軌道や f-軌道のように(ほとんど)縮重した軌道を持つため、
スピン多重度の大きい状態を容易に実現することができます。
スピン多重度が大きい場合には、
そのスピン間でのスピン--スピン相互作用が重要になります。
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○ スペクトルの異方性
遷移金属錯体の EPR スペクトルのスペクトル上の特徴は、
大きな異方性があることです。
有機ラジカルでも厳密には異方性があるのですが、
それは非常に小さく X-band でそれを検出するのは一般に困難です。
それに比べて遷移金属錯体のそれは非常に大きく、
有益な議論の対象になります。
まず異方性があるとはどういうことかというと、
磁場方向に対する分子の向きにより、
そのエネルギーが異なるということです。
すなわち分子の向きによって共鳴条件が異なっています。
このため、スペクトル上で異なる位置に信号を与えることになります。

磁場方向に対する分子の向きにより、エネルギーが異なる
(eps file)

異方的なスペクトル
(eps file)
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○ なぜ異方性が生じるのか ?
◎ g値の異方性
軌道角運動量がわずかに残っている (d-軌道にスピン S=1/2 がある場合),

有効 g因子として (S => 1 でゼロ磁場分裂相互作用が大きく、
実質的に m_S= \pm 1/2 マニフォールド内での遷移しか観測できない場合;
Fe(III)高スピン状態など)
◎ 超微細相互作用の異方性
p-,d-軌道にある電子スピンと核スピンとの双極子相互作用 (1中心の問題),

遠隔にある電子スピンとと核スピンとの双極子相互作用 (point-dipole 近似が可能)
◎ スピン-スピン相互作用の異方性
スピン量子数が 1 以上の場合には (S => 1, 三重項以上)、
電子スピン間の双極子相互作用を考慮する必要があります。
この時、電子スピンが分子内でどのように分布しているか、
すなわちどのような軌道にスピンが入っているかにより、
スピン-スピン相互作用に異方性が生じる場合があります。

例えばスピンの分布が球対称であった場合、
スピン-スピン相互作用に異方性はありません (球対称, spherical)。
したがって、ゼロ磁場分裂相互作用は無いことになります。
つぎにスピンが円盤状に分布している場合 (実際には 3回軸以上があればよい)、
対称軸方向が特異な方向になり、
面外方向と面内方向で相互作用が異なります (軸対称, axial; |D|!=0, |E|=0)。
さらに長方形に歪んだ分布をしている場合、
スピン-スピン相互作用は平面内でも異なることになります (rhombic; |D|!=0, |E|!=0)。

スピンの分布の仕方により、スピン-スピン相互作用の異方性が生じる
(eps file)
実際には、例えばベンゼン (C6H6) は通常平面の正六角形をした
分子であることが知られています。
この分子が光エネルギーを吸収して励起三重項状態になった場合、
EPR スペクトルの解析により |E|!=0 が見いだされ、
正六角形から歪んでキノイド型に伸びていることがわかりました。
もうひとつ例をあげると、フラーレン (C60) は非常に対称性の
高いサッカーボール型の分子ですが、
この分子の励起三重項状態も EPR により研究され、
|D|!=0 であることから構造が歪んでいるものと考えられています。
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○ 配位子の核による超微細相互作用
◎ 分子内の電子スピンの分布
分子の電子状態は、現在では分子軌道の概念を用いて理解されています。
すなわち錯体におけるスピンの由来が中心金属イオンであっても、
スピンの入っている軌道は、
中心金属イオンの軌道と配位子の軌道からできています。
そのため、スピンは分子全体に広がって分布していると考えられます。
そこでつぎに問題になるのは、
分子の``どこ''に``どのくらい''スピンが分布しているかということです。
これはスピン軌道におけるそれぞれの原子軌道の係数に関係付けられています。
一方、超微細相互作用の大きさは、
相互作用する原子の軌道上にあるスピン密度に関係付けられます。
したがって実測のスペクトルにから超微細相互作用の大きさを見積もれば、
スピンの入っている軌道の形を知ることができます。

スピンの入っている分子軌道は、中心金属イオンの軌道と配位子の軌道からできている。
(eps file)
◎ 超微細相互作用の異方性
結合の方向
p-,d-軌道にある電子スピンと核スピンとの間の双極子相互作用を考えます。
この場合には、p-,d-軌道は空間的な広がりに異方性があるため、
超微細相互作用は分子の向きにより大きさが異なり、
すなわち異方性を持ちます。
図のような配位化合物を考えると、
その配位原子は s-軌道と p-軌道からできている原子価軌道を使って
中心の金属イオンと配位結合を形成しています。
そのためこの軌道にスピンが流れ込み、
すなわち配位原子の p-軌道上にスピンが存在することになります。
したがって超微細相互作用の異方性を解析して、その主値と主軸方向を決めると、
この配位原子の金属イオンとの結合の様子がわかります。

配位結合の方向
(eps file)
軌道の混成状態
配位化合物における配位原子は、
s-軌道と p-軌道からできている原子価軌道を使って
中心の金属イオンと配位結合を形成していることは先に述べた通りです。
ここで配位原子の超微細相互作用について、
その等方性成分と異方性成分はそれぞれ s-軌道と p-軌道に存在している
スピン密度に比例すると考えます。
そして見積もられたスピン密度の s/p 比は、
まさしく配位結合軌道の s-p 混成状態を示す指標になります。
スピン中心からの距離と方向
相互作用するスピンと核が離れていても、
電子スピン-核スピン間の距離 r の三乗に反比例する大きさの
磁気的な相互作用があります。
これによりスピンと核を結ぶ軸が主軸となる異方性を持つことになります。
したがってこの効果による超微細相互作用の異方性を解析すれば、
電子スピン-核スピン間の距離 r と、
その向きを知ることができます。

スピン中心からの距離 (r) と方向 (\theta)
(eps file)
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○ 実例
planning
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○ スペクトル線形のシミュレーション
計算方法には大きく分けて、
厳密な行列の対角化と摂動による方法のふたつがあります。
- 摂動法
- たいていは電子ゼーマン項を非摂動項として、
超微細相互作用やゼロ磁場分裂相互作用を摂動項とします。
摂動項が大きい場合には、2次の摂動まで考えます。
遷移確率は選択律に応じて、許容/禁制としか言えません。
- 対角化
- 電子ゼーマン項に比べてゼロ磁場分裂相互作用が
大きい場合などには、摂動法は用いることができません。
そこでスピンハミルトニアン行列の対角化により、
正確にエネルギー準位を求める必要があります。
この場合には固有ベクトルも得られているので、
正確な遷移確率が得られます。
◎室温での溶液の EPR スペクトル
流動性のある溶液中では、
分子の回転によりスピンに関する種々の異方的な相互作用は平均化されます。
したがってこの場合の EPR スペクトルは、一般に等方的なスペクトルになります。
しかし分子運動が不充分な場合には、異方的な相互作用のために
スペクトル線の線幅に異常が認められ、
核スピンの量子数に依存した線幅を持つ場合があります。
◎ 無秩序配向試料の EPR スペクトル
凍結溶液や(反磁性マトリックス中に希釈された)結晶粉末のような試料では、
それぞれの分子は勝手な方向を向いています。
この場合の EPR スペクトルは、
種々の異なる方向を向いた分子それぞれによる信号の重ね合わせとなります。
- S=1/2, Cu(II) complex
- S=7/2, Gd(III) complex
- S=1, triplet states (steady state, and time resolved)
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○ 参考書
- Abragam, A.; Bleaney, B.,
``Electron Paramagnetic Resonance of Transition Ions'',
Oxford, 1970; Dover, 1986.
- Weltner, W., Jr.,
``Magnetic Atoms and Molecules'',
Scientific and Academic Editions, 1983; Dover, 1989.
- Weil, J. A.; Bolton, J. R.; Wertz, J. E.,
``Electron Paramagnetic Resonance'',
John Wiley \& Sons, 1994.
◎ その他に、参考になるかもしれないもの
- Martell, A. E., ed.; 早川保昌; 城戸英彦, 共訳,
``配位化学, 第I巻, 2. 結合とスペクトル'', Chap. 4,
内田老鶴圃新社, 1976.
- 上野景平 編,
``キレート化学 (2), 構造篇[II]'', 第5章,
南江堂, 1976.
- 上野景平 編,
``キレート化学 (6), 錯体化学実験法[II]'', 第9章,
南江堂, 1975.
- 桑田敬治; 伊藤公一,
``電子スピン共鳴入門'',
南江堂, 1980.
- 日本化学会編,
``第4版 実験化学講座, 8, 分光 III'', 第VI編 ESR,
丸善, 1993.
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