% 弘前大学学園だより

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コンピュータは電子計算機か文房具か? \\

理学部~化学科~~宮本量

ここ数年の間の社会へのコンピュータの普及には目を見張るものがあると言え、 これはもちろん化学の研究者にとっても同様です。 今では研究者はコンピュータを主に文房具として用いています。 これはおもに個人向けのコンピュータ(パーソナルコンピュータ,PC)の低価格化と、 大学等でのネットワークの普及によるところが大きいのでしょう。

しかし化学の分野ではかなり前からコンピュータを計算機として 研究に用いてきました。 とは言っても多くの研究者に使われていたわけではなく、 それなりの専門の分野(計算機化学などと言うらしい)の人達が、 物質(分子)の性質を計算により理論的に導きだそうと努力していたのです。 このころは大型計算機センターというところに設置された コンピュータのところまで研究者が出向いていって利用していたようです。 したがって計算機化学を専門としない普通の実験化学者には なかなか利用できなかったようです。 いまでももちろんこの分野の先端的な研究はさかんにすすめられていますが、 しかし最近は計算機化学を専門としない一般の化学者が、 自分の取り扱っている分子についての性質を調べるための道具のひとつとして、 コンピュータによる計算を利用することが非常に多くなりました。 これはPCの計算能力が向上し簡単な分子軌道計算や分子力場計算ならば PCで行うことも可能になってきたためと、 計算に用いるプログラムが整備されて使いやすくなったこと、 大型計算機やスーパーコンピュータをネットワークを通じて容易に利用できるように なったことなどのためと考えられます。 ここでは化学反応の実験をビーカーの中ですることとほとんど同じような感覚で、 計算により分子の性質を知ることができるだけでなく、 現実には見ることのできない分子のひとつひとつを画面上で観察することもできます。

また、PCが普及し始めたころに世間では オフィスオートメーション(OA)などと騒がれましたが、 化学の研究室でも実験室の測定機器をPCで制御して 測定を自動化することがもてはやされました。 当時はもちろん出来合いの製品など無く、 いくつかの機械を組み合わせてそれらを制御するためには 自作を含めてかなりの苦労があり、 だれにでも使えたというわけでは無かったようです。 しかし今では測定装置自体がコンピュータによる制御を 前提にしているようなものも多く、 必要な装置をたやすく組み立てることが出来るようになりました。 さらに測定された結果がコンピュータに蓄えられることから さまざまなデータの加工により有用な情報を取り出すことができるようになりました。 これは制御装置としてのコンピュータ利用といえるでしょう。

そして最近もっとも普及が著しいのが、最初にもふれた文房具としてのPCの利用です。 化学の分野では分子の構造式をきれいに描きたいという欲求が古くからあり、 製図用具やテンプレートを用いて苦労して手で書いていました。 そこに分子の構造式を描くためのコンピュータソフトの定番にして 決定番というべきMacintoshのChemDrawが登場し、 これだけのために(昔は高価だった)Macを購入したという話をよくききました。 そしてこれをきっかけに、 Macは論文執筆、学会発表のポスターやOHP用原稿の作成に 広く使われるようになりました。 多くの研究者がこぞって使用したため、 だれの発表でも文字のFontや枠で囲って強調する様子が同じになり、 見掛けが似てしまったという笑い話もありました。 もちろん今ではそんなことは無く、 みんなそれぞれに工夫を凝らした発表をしています。 またWindousでも同様のソフトが使えるようになっています。 その他に表計算ソフトを用いてデータ処理・グラフ作図などにもコンピュータが 利用されています。

さらに最近の通信・ネットワーク環境の整備を受けて、 電子メールを利用することが多くなってきました。 共同研究の打ち合わせやデータ・論文などの情報の交換に使われているほか、 学会発表の申し込みや論文の投稿にも電子メールが使われている例があります。 また化学の分野では各種の化合物の物性・取扱い方法・合成法などの 膨大な情報が蓄積されてきました。 研究や開発においてこれを必要に応じてすばやく探し出さなければならないのですが、 PCの利用という点から言えば 現在ではCD-ROMに記録されたこれらの情報を利用することができ、 また今後ネットワークを通してのデータベース利用の需要が 増大すると思われます。 そのほかにも化学情報の公開・普及に関連して、 日本化学会では学術論文誌の全文データベース化の一環として 試験的にWWWホームページを作って論文誌を公開しましたので、 御覧になったかたもいるかもしれません。

まとめると、コンピュータを計算機、制御機器として用いる例はこれまでもあったし、 これからもそのような使い方はなくならないでしょう。 そしてこれからは、 個人で使える文房具としてコンピュータを活用することが夢物語ではなく、 現実に盛んになるだけでなく必須のものとなり、 またネットワークを通じての新しい思いもかけなかったような使い方が 出てくるものと期待されます。



化学情報学に関する補足