![]() 図1 Si(100)2x1清浄表面(実線)とこれを基板としたジシランGS-MBE中(点)のUPSスペクトル。 |
![]() 図2 ジシランGS-MBE中に見られるUPS振動。ジシランはstartで示した実線から導入している。 |
2. UPS振動の起源
UPS振動の起源の可能性として以下の3つが考えられる。
@Siの単原子層成長にともなう表面荒さの周期的変化。
ASi表面上のダングリングボンドと結合した水素量の周期的変化。
BSiの単原子層成長にともなう表面再配列構造の周期的変化。
@はよく知られているRHEED強度振動の起源でもある。Aは@の表面荒さの変化にともなって
生ずる可能性がある。Bは
2−1 実験方法
実験は高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設BL-11Dで行い、用いた装置は我々が開発した
その場UPSシステムである。
放射光のエネルギーは23.3eVで入射角は45°、UPS振動測定中の光電子取り出し
角はほぼ表面垂直である。ただし、後に分かるように取り出し角は厳密に垂直ではなく
、この角度がUPS振動を発現させる上で重要な要素である。Si(100) 0.2°offウェハ
ーを3x25x0.35mmに切り出し成長基板とした。この基板を化学前処理を行った後、真空中
で1000℃の通電加熱することにより清浄表面を得た。Si(100)表面は通常ダブルドメイン
の2x1再配列(即ち2x1+1x2)をとるが、適当な処理によりシングルドメイン化が可能であ
る。後で述べるように表面のシングルドメイン化がUPS振動の起源を探る上で重要となっ
た。本実験では1000℃の長時間通電加熱アニールによってシングルドメイン化し、その直流
電流の向きを表面ステップに対しup-downにするか、down-upにするかで表面を2x1にするか1x2に
するかを決定することができた。成長に用いたジシランガスの純度は99.99%である。実験方法の概略図を図3に
示す。
![]() 図3 実験装置の概略図とシングルドメイン表面の通電電流方向依存性 |
![]() 図4 固体ソースMBE中に見られるUPS振動。挿入図は清浄表面のUPSスペクトルで、UPS振動で観測した 準位を矢印で示している。 |
![]() 図5 ジシランGS-MBE中のUPS振動。成長開始表面が2x1の場合(A)と1x2の場合(B)で位相が反転しているのが分かる。 |
この結果は、UPS振動の原因がシリコ ン単原子層成長による表面再配列構造,2x1と1x2,の周期的な入れ代わりによるものであること を示している。すなわち、以下のようなモデルである。Si(100)表面はその結晶構造から2x1表面上 に1原子層結晶が成長すると必然的に1x2表面になる。逆に1x2表面上に1原子層成長すると2x1表面 になる。そこで1x2表面に比べ2x1表面の光電子強度が弱いとする。すると2x1表面を成長開始表面と するUPS振動は図6左のように強度増加で始まり、1x2表面を成長開始表面とするUPS振動は図 6右のように強度減少で始まる。そしてどちらも2原子層成長を1周期とする振動が生ずる。実際に は前に述べたように水素による強度減少分があるが、これは短時間で飽和するので一定の強度が成長 中のみ差し引かれたような強度変化になる。
![]() 図6 UPS振動の発現機構モデル |
3. 2x1、1x2表面のUPS強度差の原因
上のモデルの中で2x1と1x2表面のUPS強度の違いはなぜ生じるのかという疑問が残る。これを明らか
にするため2x1,1x2両清浄表面のUPSスペクトル強度を偏光依存性、角度依存性の観点から詳細に調べた。
3−1 実験方法
実験は2.と同様にBL-11Dで行い、用いた装置はPF付属のARPES装置である。励起光は23.3eVの直線偏
光した放射光で入射角は45°である。Si(100)試料は[110]方向に3'、[1-10]方向に30''以内でフラット
の面精度を持っている。試料サイズ、表面前処理法は2.と同様である。真空中で1000℃の通電加熱す
ることにより清浄表面を得た。その後表面の再配列をシングルドメイン化するために数百Åの
Si buffer layerと1000℃のアニールを数回繰り返した。LEEDの回折スポットの強度を測定し、その
結果major domain:minor domain=4:1の再配列表面を得た。major domainは2.で述べたように試料に
流す直流電流の向きを反転させ1000℃アニールすることにより変えることができる。ここではSiダイマー
列が励起光と検出した光電子が作る面に対し垂直であるような領域がmajor domainである場合2x1表面と
呼び、Siダイマー列が面内にあるような領域がminor domainである場合1x2表面と呼ぶことにする。試料
の方位角を回転させることにより2x1表面にしたり1x2表面にすることができるが、方位角を変えずに上で
述べた通電方向を変えてアニールすることにより2x1と1x2を変えることもできる。本研究では両方法の場合
とも測定を行った。
3−2 実験結果
図7は通電方向を変えることによって作成したSi(100)2x1(破線)と1x2(実線)清浄表面の角度分解光電
子分光(ARUPS)スペクトルである。光電子の取り出し角がθ=0°で両スペクトルは完全に一致している。
すなわちnormal emissionでの偏光依存性による強度差は無いことが分かる。θ>0°では結合エネルギーが
0.5eV〜2eVと3.5eV〜4.5eVの範囲で差異が生じている。この差異は偏光依存性というよりは表面準位の角度分
散性によるものと考えられる。
![]() 図7 Si(100)2x1(破線)と1x2(実線)清浄表面のARUPSスペクトル。θは光電子の取り出し角。 |
これまでUPS振動はnormal emissionで現れると考えていた。しかし厳密な角度分解測定ではnormalで2x1
と1x2のUPS強度に差はなく、normalからわずかに変えれば両スペクトルに差は現れる事が分かった。も
しUPS振動の発現条件が厳密にはnormal emissionではなく、そして図7に示したような表面準位の角度
依存性を起源とするならば、2x1と1x2の差分スペクトルがUPS振動の振幅の結合エネルギー依存性に一致
するはずである。そこで広範囲にわたる光電子エネルギーでUPS振動を測定した(図8)。振動はこれま
で述べてきた表面準位位置だけではなく、広範囲にわたり発現しているのがわかる。しかもb〜dの間でみら
れる振動は、g〜lの間でみられる振動に対し位相が反転している。振幅の変化と差分スペクトルを比較した
結果、θ=5°の差分スペクトルが最もよく振幅の変化と一致することがわかった(図9)。
![]() 図8 ジシランGS-MBE中のUPS振動。様々な光電子エネルギー(a-l)で測定している。 |
![]() 図9 θ=5°のARUPSスペクトルの2x1と1x2の差分(点)とUPS振動の振幅の変化(黒丸および実線)との比較。 |
3−1で述べたように方位角を変えることによっても2x1と1x2表面の差分スペクトルを得ることができる。こ
の場合の結果は図7とほぼ一致した。
以上より、これまで観測したUPS振動はθ=5°で測定したものであり、2x1と1x2のUPSスペクトルの強
度差は両表面での角度依存性の違いによるものであることが明らかとなった。
4. RHEED振動によるUPS振動周期の同定
これまでの結果によりUPS振動の起源は明らかとなったが、上のモデルを確立するため同成長条件で
RHEED振動測定を行いUPS振動の周期がどのくらいの成長に対応するのかを調べた。具体的にはシ
ングルドメインSi(100)上のSi2H6を用いたガスソース分子線エピタキシ中にRHEED回折スポット強度を
観測した。Laue1/2次回折スポットは成長時間とともに周期振動した。これは表面再配列構造の交代が1ML
の成長毎に生ずるからである。すなわち振動の1周期はシリコン2原子層の成長に対応し、これによりシリ
コンの成長速度がわかる。様々なGSMBE条件で成長速度を測定し、UPS振動法で得られた周期がどのくらい
の成長に対応するかを調べた。図10は成長温度500℃で、ガス圧を横軸にとったときのUPS振動とRHEE
D振動の周期をプロットした。すべてのガス圧で両振動周期はほぼ一致しており、UPS振動の1周期は2
原子層の成長に対応することが系統的に示された。これによりUPS振動の起源は表面再配列構造の交代によ
るものであることが直接的に示された。
![]() 図10 UPS振動周期とRHEED振動周期の比較。 |
5. モンテカルロシミュレーションによるUPS振動の再現
2.および3.でわかったようにUPS振動の起源は単原子層成長によるSi(100)表面の2x1と1x2の
入れ代わりにある。しかし実際の結晶成長で生じる表面反応は、表面原子のマイグレーション効果、
2次元核成長、ステップフロー成長など多彩であり、図6のモデルのような2x1と1x2が理想的に入
れ代わる層状成長が起こり得るかは明確でない。そこでどのような成長素過程や成長条件があれば上
で示した起源に基づきUPS振動が可能なのかを検証するため、モンテカルロ法による数値シミュレーシ
ョンによりUPS振動の再現を試みた。
成長モデルを以下に示す(図11参照)。
@ 100x100のセルを用意し、2x1と1x2のドメイン比率が4:1になるようにそれぞれのセルに原子を積み上げる。
A このセルの上にランダムに原子を落とす。
B すべてのセルの最上層原子に対し最近接のセルへの拡散を行う。ただしどの最近接セルに移るかは
ランダムで、また最近接セルの状態により拡散できる確立Pは、
とする。ここでAは定数、nは最近接セルのうち高さが自分自身より高いか同じである数(0〜4)、
kTは基板温度に対応する変数である。
C 2x1のセル数をカウントする。この数がUPS強度に対応する。
D Aに戻り必要な成長量までこれを繰り返す。
図12はkT=1、off-angle=0.4°の結果である。図中rateとはAで落とす原子の数であり、成長速度
に対応する。一見して分かるように振動現象が明確に現れている。rateが50〜200では30ML以上も振動
が持続しているのが分かる。
![]() 図11 モンテカルロ法によるUPS振動シミュレーションのフローチャート。 |
![]() 図12 UPS振動のシミュレーション結果。 |
基板温度kTを変え、振動の包絡線を図13の挿入図で示したようにフィッ ティングして、得られたパラメータをまとめた。成長速度に対する減衰率aの変化から振動は特定の成長 速度で長時間持続することが分かる。これは次のような理由によるものと考えられる。成長速度が大きす ぎると拡散せずに多くの原子が落ちてくるので層状成長せず3次元成長してしまい振動は減衰する。逆に 成長速度が小さすぎると拡散が大きくステップフロー成長してしまい図6のような2x1と1x2の入れ代わり が起こらなくなってしまう。減衰率のピーク位置は基板が高温になるつれて成長速度が大きいほうにシフ トしているが、このことは今述べた理由と矛盾しない。成長基板のoff-angleを変えた結果も同様で、振動 減衰率のピーク位置はoff-angleが大きくなるにつれて成長速度の大きいほうにシフトし、また減衰も大き い(図14)。以上のように、UPS振動は簡単な拡散モデルを考えれば再現でき、また適当な成長条件を 満たせば30ML以上に及び持続させることができる。
![]() 図13 UPS振動の減衰率と初期振幅の成長速度依存性。成長温度をいくつか変えている。 |
![]() 図14 UPS振動の減衰率と初期振幅の成長速度依存性。基板オフ角度をいくつか変えている。 |
6. まとめ
以上をまとめると、UPS振動の発現に必要な条件は@2次元核をともなう層状成長、
A2つ以上の異なる電子状態を持つ表面の出現、である。したがってこの条件を満たせばSi(100)上
の成長に限らず他の表面での成長に対してもUPS振動が発現すると考えられる。UPS振動と類似
の現象としてRHEED振動が知られているが、プローブとして高速の電子線を用いるので結晶成長
に対する電子線照射の影響が無視できず、電子線照射の有無による成長速度や成長膜質の違いが懸念さ
れる。UPS振動はこの点においてそれほど成長に影響を与えないと考えられ、ありのままの成長を観
測できる。しかしUPS振動は励起源の強度、検出効率、励起確率等の違いにより、RHEED振動に
比べその強度が弱く、成長速度が大きな場合では十分なS/Nを持つ振動が得られ難い。したがってUP
S振動の応用面を考える上でその大強度化は欠かせない。このためには以下のような改良が挙げられる。
@ 励起光の高輝度化。このためには高輝度放射光などの大規模な施設が必要とされる。
A 光電子検出の高効率化。本研究でわかったように必ずしも高エネルギー分解能や高角度分解能は必
要としない。
B 励起光、光電子エネルギー、測定条件の最適化。