融雪流出量の見積もり

このページは、 弘前大学理工学部月刊ホームページ(2005年8月号/寒地気象実験室)用に製作されたものです。

意外に思われる方が多いかも知れませんが、日本の国土の半分以上は豪雪地帯に指定されています。 平地の豪雪は生活に支障をきたしたり、時に甚大な災害をもたらします。 山岳域の積雪は重要な水資源である一方、 融雪期に気温の高い状態が続き強風が吹いたりすると、 融雪量が増大し洪水や昨シーズン起こったような地滑りを招きます。 ここでは、岩木川上流域の積雪が解けて河川へ流れ込む過程を モデル化した例を紹介します。 ※ 内容は小玉健彦君@地球環境学(旧地球科学)専攻の修士論文(2002)に基づいています。


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研究対象領域(岩木川上流域)

研究対象領域を図1に示しました。 岩木川の上流域は北方の岩木山と白神山地に囲まれた多雪地帯です。 河川の流量は目屋ダム放流口(図中MY)と上岩木橋(同KM)で測定されているので、 流域を最上流部とその下流部の2区域に分けて解析しました。 図中の水色の実線は各流域の境界を表しています。 モデル入力値や検証に用いる気象・水文デ−タは、気象庁AMeDAS、弘大雪情報計測システム、青森県雪情報システム、 環境省白神山地世界遺産センタ−、防災科学技術研究所、目屋ダム監視局、青森県工事事務所のものを使用しました。

Map of Iwaki River Basin

図1: 流域地図. 上流側流域内の地点は, DK: 岳 , HZ: 百沢, IS: 遺産センター, IW: 岩木山八合目, YG: 湯口. 下流側流域内の地点は, BT: 弁天, HP: 八方, KM: 上岩木橋, MY: 目屋ダム, SK: 砂子瀬, SM: 相馬. 解析流域外の地点は, HR: 弘前, SS: 深山沢, YY: 弥生. ひし形は積雪深・気温, 丸は降水量, 黒四角は水文データを測定している地点.

昨シーズンは弘前において記録的な積雪となりました。 2005年3月2日にはAMeDAS観測誌上最深積雪150cmを記録しました。 このように積雪深の値は雪国に住む人でなくても割合よく目にする数値です。 では、積もった雪を水に換算するとどの位になるかご存じですか? 図2は、対象流域内の岳という地点の積雪の多いある年の積雪水当量 (これから紹介する数値モデルによる推定値)です。 この図から読み取れるのは、冬季の降水量は1,200mmに達することもある (平年では600mm程度)ということと、その水がわずか1.5ヶ月程度で河川へ解け出るということです。 これは相当の雨が降り続いたことと同等です。

Course of SWE

図2: 岳地点における積雪水当量の変化. (1999-2000年)

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数値モデル

無雪期の河川への流入水量は、降水が地表を伝わる分(表面流出)と 地中を経由する分(中間・地下水流出)を計算すれば良いので比較的容易です。 しかし積雪期は、降水から流出に至る過程は「降雪→積雪→融雪→流出」 となり、無雪期に比べ複雑になり予測の難易度がはるかに増します。

このモデルでは、流域を代表する1地点の気温・降水量を入力データとし、 流域全体の降雪・積雪・融雪の各過程と河川へ流入する水量を推定します。

降雪量の推定

Elevation map 降雪量を推定するには、対象領域内の降水量と気温の分布を知る必要があります。 経験的に、距離の近い領域では気温と降水量はほぼ標高の関数で表される ことがわかっているので、まず領域内の各グリッドの標高を調べ(図3)、 各グリッドにおける気温と降水量を推定します。

その後、気温によって降水が雨か雪かを判別し、 さらに降雪の場合は雪の密度を気温の関数として与え、 積雪深の増加分と水当量を同時に推測します。

図3: 対象流域の30秒グリッド標高カテゴリー区分.

積雪減少量と積雪密度の予測

次に積雪深が減少する場合を考えてみましょう。 積雪深が減るのは、主に積雪の圧密(自重により積雪が圧縮されること)と 融雪によります。(強風地帯では、雪の吹き払いも考慮します。) 積雪の圧密は積雪の重量、つまり積雪水当量がわかれば計算することができます。

融雪量の予測

融雪量を正確に知るためには、 融雪に使われる熱量を本来計算しなければなりません。 積雪表面では、日射とその反射、大気中の雲や水蒸気からの赤外放射と積雪表面 からの赤外放射、それに大気からの顕熱(主に対流によって運ばれる熱)と 凝結の潜熱による熱のやり取りがあります。 これら全項目を正確に推定するのはやや複雑ですが、 幸いなことに融雪熱の主要因は大気からの赤外放射と顕熱・潜熱に絞られ、 これらは近似的に気温の関数にすることができます。

そこで、図4のように観測値から融雪深と気温との関係を求めます。 図中では氷点下でも雪が解けていますが、これは横軸が日平均気温 (1日の平均気温)だからです。 実際には積雪の密度や顕熱・潜熱に影響を与える風速が異なるので 値はばらつきますが、ほぼ1次式で近似することができます。

Melt depth

図4: 岳地点における日平均気温と融雪深 [積雪減少量(観測値)−圧密量(モデルによる推定値)]の関係.

流出メカニズム

あとは解けた雪がどのように河川へ流れ込むかを推定するのみです。 積雪がある場合は、融雪量が地面への降水量に相当します。 図5は単位図と呼ばれるもので、1(mm/日)の降水があった場合に t日目に現われる流量増加分(m3/s)を表します。 河川へと流れる経路は、地表面(表面流出)、地中浅いところ(中間流出)、 そして地下水(地下水流出)に分けて考えます。 経路が地中深くなるほど、河川へ出るタイミングが遅く鈍くなります。 スポンジに水を垂らすことを考えれば想像できると思います。 ここでは表面・中間流出を1つとして2成分に分け、 実際の夏季の流量の変化より単位図を求めモデルへ適用しました。

Unit hydrograph

図5: 下流域の単位図. 1[mm/日]の降水があった場合にt日目に現われる流量増加分 h(t)[m3/s]. Inter-Surface flow: 表面・中間流出分、Ground water flow: 地下水流出分.

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実測値による検証

以上のモデル化により推定された河川の流量と 実測値とを比較した例を図6に載せます。 全般的には変化傾向を良く表しています。 つまり、流域内の1地点の気温・降水量より 河川の流量をある程度推測することが可能であることが検証できたのです。

しかし細かく見ると、ピークの値がやや過少見積もり傾向にあったり 改善すべき点も見当たります。 これは、モデルの枠組みに書いたとおり現象を単純化してモデルに組み込んでい るため、ある程度の誤差は許容しなければなりません。

Validation of flow

図6: 流出量の検証例(1996-1997年、下流域). グレ−: 実測値(上岩木橋の流量−目屋ダム放流量)、実線: モデル予測値.

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