ポリマー分散ナノ金属粒子のVis-ATRスペクトル

  物質の性質はその大きさや形状によっても異なってくる。例えば金の場合、マクロサイズでは金色に見えるのに対し、コロイド状のナノ粒子では赤紫色に見える。この現象は、古くから赤色のステンドグラスを作る技術に応用されている。また、このような現象はナノサイズとなったAuナノ粒子内の電子が可視光と相互作用(ショートレンジ表面プラズモン共鳴)することによって生じるといわれている。このことから物質中の電子の振る舞いは物質の大きさがナノサイズになった場合、その大きさや形状による影響を受けていることになる。これは電子が波として振る舞う性質を持っており、物質の大きさが電子の波長と同程度になると電子の状態自体が大きさや形状による影響を受け、そのエネルギーが離散的になるために生じる。このような効果を量子サイズ効果と呼ぶ。以上のように、物質は量子サイズ効果などによって、ナノサイズにおいてマクロサイズのときには見られないような性質を示すことが知られている。

 コロイド状のナノ粒子の一つに、ポリマー分散Auナノ粒子(日本ペイント提供)がある。ポリマー分散Auナノ粒子はポリマー内に一定のサイズの金ナノ粒子を分散させたものである。このポリマー分散Auナノ粒子による膜は、加熱してポリマーを蒸発させてやることで、Auナノ粒子を堆積させ、Auの薄膜にすることが出来ると考えられる。このことから、本研究ではATR法を用いて加熱前後のポリマー分散Auナノ粒子の光学特性を測定し、比較することで、分散状態と堆積状態でのAuナノ粒子の光学特性の違いを調査することを主な目的とした。また、加熱後のポリマー分散Auナノ粒子の測定結果とMaxwell-GarnettモデルやBrugemannモデルを用いた計算結果を比較することで、加熱後のポリマー分散Auナノ粒子がどれだけ均一な金属膜に近づいたかを調査することも本研究の目的の一つとした。

 測定の結果、分散状態と堆積状態でAuナノ粒子の光学特性が変化することが分かった。分散状態ではショートレンジ表面プラズモン共鳴による異常光吸収が見られたが、十分な厚さをもつポリマー分散Auナノ粒子の膜に関しては加熱後、ショートレンジ表面プラズモン共鳴による異常光吸収は見られなかった。このことから十分な厚さをもつポリマー分散Auナノ粒子の膜は加熱後、ポリマーが蒸発し、堆積状態に変化したと考えられる。また、薄い膜に関しては加熱後にもショートレンジ表面プラズモン共鳴による異常光吸収が見られたが、その吸収バンドは加熱前よりも弱くなっており、これはAuナノ粒子の周囲媒質が変わり、周囲媒質の誘電率が変化したためだと考えられる。このことからもポリマーが加熱によって蒸発したことが分かった。

 測定結果とMaxwell-GarnettモデルやBrugemannモデルを用いた計算結果を比較した結果、加熱後30 nmのAu薄膜になるように作成したポリマー分散Auナノ粒子の膜は体積分率は0.4〜0.5となり、加熱後50 nmのAu薄膜になるように作成したポリマー分散Auナノ粒子の膜は体積分率は0.5〜1.0となった。このことからポリマー分散Auナノ粒子の膜は加熱後、均一な金属薄膜にならなかったことが分かった。加熱前後の測定結果の比較からこの2種類の膜厚の膜は加熱後Auの薄膜となるのに十分な量のAuナノ粒子を含んでいると考えられる。従って、加熱後に体積分率が1.0にならなかった理由として、Auと基板の間に隙間ができた可能性やAu表面(Auと空気の界面)が粗くなった可能性が考えられる。このようにAuナノ粒子同士はほとんど隙間なく混ざり合ったのに対してAuとその外部と境界面付近でAuが粗くなったと考えると、加熱後にできる膜厚がより厚いAu薄膜の方が体積分率が高くなることも説明できる。

 結論として、Auナノ粒子は分散状態と堆積状態でその光学特性が変化することが分かった。しかし、堆積状態のAuナノ粒子は膜状態に近づくものの、均一なAu薄膜にはならなかった。より均一な膜を作るためには、まず、加熱前のポリマー分散Auナノ粒子の膜を均一に作ることが重要であると考える。というのはAuナノ粒子同士の凝集により、平らな面の上にただポリマー分散Auナノ粒子を滴下してもAuナノ粒子が均等に分散した均一な膜をつくることはできない。実際には、Auナノ粒子が凝集している部分ではショートレンジ表面プラズモン共鳴による赤紫色が濃くなり、逆の部分では薄くなる。このときの色の濃さにより生じる模様は、加熱後、膜の色が金色になっても同様な模様が確認できる。このことからポリマー分散Auナノ粒子の膜において、加熱してポリマーを蒸発させるとポリマー内に分散しているAuナノ粒子はそのまま真下に堆積していくと考えられる。従って、加熱後に均一な金属薄膜を得るためにはポリマー内に均等に分散したAuナノ粒子膜の作成が重要で、常に均一な膜を作成することができる技術が必要であると考える。