Ag型ゼオライト中のAgクラスターによる光吸収

はじめに

入射光に赤外光を用いる赤外分光法は、情報解像能に優れるという長所を持つ反面、測定感度は劣るという欠点を持つ。測定感度を上昇させる要因として一般に知られているのが、自由電子金属として振る舞う金属微粒子である。
しかし、この赤外吸収増大の発生は金属微粒子が10~100nm程度で確認されているが、それ以下の大きさの微粒子について吸収増大の発生は明らかではない。むしろ基板上に一様に分布した10nm以下の金属微粒子の生成が非常に困難であるため、測定が困難であるのが現状だ。この実験では10nm以下の金属微粒子についての測定をするためにゼオライトを用いた。

ゼオライトについて

一般にゼオライトは構造中には規則的な細孔構造が存在する多孔性物質である。また細孔内部に数を制限した金属原子を置換・保持できるという特性がある。その金属原子が真空下加熱脱水によりクラスターを形成し析出する。析出したクラスターの一部が10nm以下の金属微粒子を形成するのである。この様にして析出した金属微粒子を測定対象とし、赤外吸収増大が発生するかを測定した。

実験

 測定はゼオライト中に析出するクラスターの振る舞いを測定するための可視光での測定、赤外吸収増大を測定するための赤外光での測定、と2つの現象について行った。
今回測定全般に用いた自由金属として銀(Ag)、ゼオライトはA型ゼオライトの銀置換物である"ゼオライトAg-4a"を用いた。

可視域測定

ゼオライト細孔中に真空下加熱脱水により析出するクラスターは、クラスターの大きさに応じて肉眼で十分にわかる着色変化を見せると言われている。しかし、この着色変化の過程の報告例は非常に少ないのが現状だ。(スペクトルの測定は反射法で行った)

測定結果および考察(可視域)

 

 



 この測定されたスペクトル・真空度から加熱温度50~170℃で広範囲に大きな吸収による変化が見られる。その後、安定するかに思えたが、270℃付近で一時的に大きな吸収を見せた。吸収バンドは測定範囲全般(500nm~800nm)と広範囲に及び、ピークは500~600nm辺りにあると確認できる。これはスペクトルの補色の関係から、黄色の発色があるのではないかと考えられる。又、Ag-4aの黄色の着色はAg2+、Ag3+クラスター(それぞれ銀原子2つ、3つの微粒子)によると報告されている。この結果よりゼオライトAg-4a についてはAg2+、Ag3+クラスターの生成を確認する事が出来る。

実験開始後の15~70分についての広範囲に及ぶ大きな吸収については、真空度についても大きな変化があった。真空度は、加熱開始後に真空装置内に吸着している気体分子が脱離するため急激に上昇する。そして、そのまま緩やかな直線を描いて下降する。しかし、この実験では、その後再び、45min・150℃付近において真空度にピークが訪れている。これは、ゼオライト中から内部の分子が脱離したと考えられる。脱離する分子として考えられるのは、銀クラスター析出の過程において、ゼオライトから脱離すると考えられる、ゼオライト分子内部に存在している水分子、また、ゼオライト骨格に存在している酸素分子ではないかと思われる。

赤外域測定

測定はシリコン基盤の上に微量のゼオライトAg-4aを配置し、その上にメタノールを堆積させた。その膜厚に対しての赤外透過法における吸収スペクトルを測定。クラスター析出前後で比較し、赤外吸収量の増大を調べた。
測定象対としてメタノールのC-O伸縮振動の見られる吸収ピーク(1020cm-1付近) を採用。メタノールは液体窒素により-160℃程度に冷却し、サンプル上に固体として堆積させた。これら一連の薄膜の作成、スペクトル測定は超高真空下で行った。また堆積量の単位は1分子層の厚さの導入量であるLangmuir (L : 1×10-6Torr/sec)を用いた

測定結果および考察(赤外域)

スペクトルはシリコン上にゼオライトAg-4aを配置し、クラスター析出前後についての、それぞれ膜厚3L、7L、10L、15L付近についての吸収率を記したものである。


  この図は、クラスター析出前後でのメタノール導入量に対する吸収強度を記したものである。クラスター析出が赤外吸収増大の要因であれば、クラスター析出後の傾きはクラスター析出後よりも大きいはずであるが、測定で得た結果を見る限りでは、大きな差は認められない。

結果は、メタノールの堆積量に対する吸収強度はクラスター析出前後においてほとんど変化はなく、Ag-4aの中に析出した銀クラスターでは赤外吸収増大は起こらないという事が確認された。

 Ag-4a中の銀クラスターが赤外増大を引き起こさない原因としては次のことが考えられる。析出したAgクラスター内の自由電子金属としての金属微粒子は銀クラスターAg2+・Ag3+である。これより、析出したクラスター中の自由電子金属としての銀原子の数は1個ほどであると考えられる(着色変化が多少曖昧であった為、クラスター内の自由電子金属としての金属原子の数は、局所的に2個以上であった可能性も否めない)。銀原子の大きさは銀の金属結合半径(1.44Å)から3Åほどであると考えられ、この大きさは赤外吸収増大が確認されている金属微粒子の大きさの10~100nmよりも非常に小さなサイズである。すなわち、このゼオライト・Ag-4a中に析出する金属微粒子のサイズでは小さすぎるために、赤外吸収増大は起こらないのではないかと考えられる。