ロシア科学アカデミー金属物理学研究所と弘前大学理工学部との
学術交流に関する協定書


ロシア科学アカデミー金属物理学研究所と弘前大学理工学部は、日露の相互理解および教育と学術研究における協力の推進を目的として、両機関の間の交流を行うことを合意する。

  この交流は、以下の項目にについて実施する。

1. 物的交流と情報交換
2. 共同研究、講義、シンポジウムなど諸活動の促進
3. 教育・研究者の交流
4. 学生の交流

  この協定に基づく交流に伴う諸問題は、個々の事情に応じて、両機関の間で協議、対処する。
計画の具体的設定、実施に関しては、両機関は随時検討、協議し、実施に関する詳細な意見を備忘録の形式で提出し、意見交換を進めることとする。
教育・研究者あるいは学生の交流は、両機関においてあらかじめ交わされた承認書にしたがって実施されなければならない。この承認書には、研究費、生活費など交流に伴う諸経費に関する事項を定めるものとする。
この協定書は、署名の日から3年間を有効期間とし、両機関相互の合意によって変更、更新、終結できるものとする。
 
 

ロシア科学アカデミー
金属物理学研究所所長
V.V. Ustinov
 
 

弘前大学
理工学部長
本瀬 香
 



Exchange Agreement between Institute of Metal Physics, Russian Academy of Science and Faculty of Science and Technology, Hirosaki University

The Institute of Metal Physics, Russian Academy of Science and the Faculty of Science and Technology, Hirosaki University agree to cooperate for promoting friendship between Russia and Japan and smooth cooperation in the field of education and scientific research.  More specifically, both institutes agree to cooperate on the following matters:
1. exchange of information and materials;
2. promotion of cooperative research, lectures and symposia and exchange of educational and research personnel related to this promotion;
3. exchange of educational and research personnel other than item 2;
4. exchange of students.
Various problems coming up during the exchange should be solved by discussion between two sides, taking into account the situations at each institutes.  To carry out the exchange, both institutes may discuss at any time, and a memorandum on details should be submitted to exchange opinions.  Exchange of personnel follows the consent which is concluded beforehand.  This consent includes research and living expenses for the visiting personnel.  This agreement is effective for three years, starting the date when two representatives signed, and will be changed, renewed and terminated by mutual agreement.
 

Director
of the Institute of Metal Physics,
Ural Branch of the Russian Academy of Science
Professor V.V.Ustinov
 
 
July   , 2000
Dean
of the Faculty of Science and Technology,
Hirosaki University

Professor K. Motose
 
 
July      , 2000



交流を結ぶに至った経緯

  ロシア科学アカデミー金属物理学研究所のYu.A.Babanov教授とは1994年にベルリンで開催された第8回X線吸収微細構造国際会議ではじめて知り合った。その2年後1996年フランスで開かれた第9回X線吸収微細構造国際会議にて再会し、そこで共同研究の実施について相談した。その後、我々弘前大学のグループで作成した試料について、X線吸収スペクトルを測定し、そのデータをロシアのグループが独自に開発したプログラムによって解析するという形の共同研究がスタートした。その間、電子メールなどを利用して情報交換を行い、その共同研究の成果が公表されるに至った。
  1999年10月に文部省の在外研究員として、申請者(宮永)はこの金属物理学研究所に約1ヶ月滞在する機会を得て、今後の共同研究のあり方について話し合った。その結果、金属物理学研究所と弘前大学理工学部との間に正式な国際交流の協定を結ぶことが、お互いの研究機関にとって、望ましいという結論に達した。


国際交流の目的・期待される効果

   金属物理学研究所はウラル山脈のふもとに位置し、その近辺で各種の金属が産出されることから、その有効利用を考えて、1932年にこの地に研究所として創設された、ロシア科学アカデミーの研究所である。ウラル地域最大の研究所であり、地域の特徴を生かして、社会に貢献してきたこの研究所の歴史は弘前大学にとっても参考になる点が多い。この研究所には30の研究室があり、1000人以上が研究に従事している(うち、科学者は500人)。 研究所ではあるが隣接する工科大学や近辺の総合大学との大学院生や学部学生の交流は盛んであり、多くの若手研究者を輩出している。国際交流協定を結ぶことにより、研究者の交流はもちろんのこと、弘前大学理工学部との間で学生の交流も活発に行えることが期待される。また、ウラル山脈いったいはヨーロッパとアジアの中間に位置し、文化的にも両者が入り交じった興味深い地域であり、研究だけでなく文化的にも有益な交流が期待される。



 
研究の詳細
 

「構造的不規則状態および規則状態のNi-Mn合金におけるMn原子の磁気モーメント不安定性の性質」

1. 序論
  本同意書の範囲内で行われる研究はNi-Mn合金におけるMn原子の局所磁気モーメント生成に関する基本的な問題を解くことを目的とする。その方法として、不規則相から規則相への構造相転移の過程における構造的および磁気的な状態の変化の研究を平行して行う。
この物質を研究する過程で(放射光からの)X線、磁気的方法および中性子線などが用いられる。全ての研究は同様な取り扱いにより生成された試料について行われる。
強い可塑変形過程によって研究された試料が最初の状態の試料として使われる。

   Mn原子の磁気モーメント生成の問題は遷移金属および合金の磁性の問題において特別に重要な位置を占めている。なぜなら、それは注目している系の構造と深く関係があるからである。Ni3Mnはこのような合金の中の代表的な例である。それは不規則状態でスピングラス状態であり、規則状態ではTc~730K、Mnの局所磁気モーメント~3.2mBの典型的な強磁性体である。
  不規則Ni3Mnのスピングラス状態は第1配位(1NN)や第2配位(2NN)に位置するNi-Ni, Ni-Mn およびMn-Mn原子対に存在する強磁性的および反強磁性的相互作用の結果生じるものである。この場合、反強磁性になるのはJMn-Mn(1NN)のみであり、それは規則相において大きい値を持つ。構造が規則化して行く過程で再近接のMn-Mn原子対の数が減少するので、この相互作用による自由エネルギーの寄与が減少する。逆にJMn-Mn(2NN)の寄与は増加し、結果としてMnの局所磁気モーメント~3.2mBの強磁性体となる。しかしながら、スピングラス状態におけるMn原子の局所磁気モーメントの値はいまだに知られていない。我々は、中性子散漫散乱の結果から、ただそれが規則状態よりも小さいと予想できるだけである。中性子散乱の方法は長距離秩序を基本にしているので、スピングラス状態の中では正味のMn局所磁気モーメントが減少しているのか、あるいはMnの局所磁気モーメントは~3.2mBに保たれたまま、反強磁性の部分が増えていっているのかは明らかでない。
一方、EXAFS(広域X線吸収微細構造)およびXMCD(X線磁気円二色性)解析法は局所的な構造や磁気構造を短距離秩序をもとに研究する方法として強力な手法である。EXAFSは2元合金において元素選択的に原子配置を精度よく求める方法としての利点を持つ。XMCDは放射光からの円偏光X線ビームを用いて強磁性体を研究できる新しい方法であり、スピン偏極による光電子の散乱過程を通して局所磁気構造を研究できるという際だった可能性を持つ方法である。したがって、この方法は我々に興味があるMn-Mn対の強磁性相互作用の問題に対して決定的な方法となる。
  Ni-Mn合金のMn-Mn相互作用にはあるモデルが存在する。これはNi1-xMnx(x<0.5)の系において、全てのMn原子の磁気モーメントが保存されることを考慮している。しかし、異なった方法を用いた場合では磁気モーメントの試験プローブの相互作用時間が異なることによって、mBの値は同じにならないことは自明である。中性子散乱の場合はその相互作用時間が~1012secであり、したがって一般に中性子は単にZ方向に射影された磁気モーメントの大きさを観測しているに過ぎない。
 この点、K吸収端のX-線分光はより優れた方法である。なぜならK殻の寿命は~1015-1016sec程度と非常に短いからである。したがって、XMCDは不規則状態におけるMn原子の局所磁気モーメントの値を直接決定する方法となりうる。
 それとは別に、磁気円二色性の長距離秩序依存性を決定すれば、磁気的方法および中性子回折測定の両方を比較し対応づけることが可能である。この研究に最も適した材料はNi3Mnおよび化学量論的なNi-Mn合金である。

2. 共同研究の目的
このプログラムの目的はロシアと日本の研究グループが、その相互作用を知るために、原子的および磁気的性質を研究することにある。2つのグループの共同研究は互いに相補的であり両グループにとって有益である。

−高圧下における極限的可塑変形後、氷水中で冷却することにより形成され、さらに規則不規則転移のための熱処理を施されたNi-Mn固溶体の原子的および基本的な磁気的実験研究を行う。
−XMCDによるNi-Mn合金の局所磁気構造の研究を行う。

この共同研究の最終目的は磁気測定、変形効果、EXAFSおよびXMCDを用いて、Ni-Mn中のMn原子の局所磁気モーメントを明らかにすることである。

3. 研究の主な方法
試料:
試料は高圧下における極限的な可塑変形の後、氷水中で冷却することにより得られる。その後、いろいろな条件で熱処理(アニール)され、その結果、様々な規則化状態の試料が得られる。

Ni0.75Mn0.25: 急冷試料(不規則状態)。約10種類の熱処理条件(規則状態からスピングラス状態)
Ni0.70Mn0.30: 規則状態と不規則状態
Ni0.79Mn0.21: 規則状態と不規則状態
Ni0.50Mn0.50: 規則状態と不規則状態

EXAFSとXMCDの測定は日本側研究グループによって、日本の放射光施設(Photon Factory またはSPring-8)を用いて行われる。X線吸収信号は試料によるX線吸収に比べて非常に小さいため、精度の高いX線吸収スペクトルを得るために均質な試料が不可欠である。均質なフィルム状の試料は高圧技術を用いて得られる。

磁気的問題を解明するために、いくつかの磁気的な測定が不可欠である:1)様々な温度におけるm(H)測定。 2)AC磁化率測定。 3) 零磁場中冷却による磁化測定。
さらに、Ni-Mn合金の磁気的性質に対する変形効果の研究は興味深い。

ロシア側研究グループ
−高圧下での極限可塑変形により選られた固溶体試料の作成、および変形前後の磁気的試験測定;
−それぞれの元素粉末からのNi-Mn試料の調製;
−固溶体試料のX線回折およびEXAFSによる試験測定;
−日本グループとの共同による、原子構造(配位数、原子間距離など)の決定。

日本側研究グループ
−Ni-Mn合金試料の作成と飽和磁化、キュリー温度、磁化率の測定;
−放射光を用いた精密なEXAFS測定およびXMCD測定。

4. 研究成果の公表およびセミナー
  両研究グループは常に研究の一致した目的について同意する。両研究グループは実験の情報や数学的なソフトウエアおよび結果のデータを郵便(電子メールも含む)により交換し合う。得られた結果は、郵便によって配布された説明ノートや両グループの代表が実際に訪問し合うことによって、詳細に議論される。
得られた結果は両研究グループの同意の元、時には共同で、時には別々に公表される。
両グループは逆問題、適切でない問題の解法およびそのEXAFS, XMCD, 磁気測定への応用に関してセミナーを開催することに同意する。

5. 他の研究所との共同研究
もし、このプロジェクトを遂行する過程で、他の研究所との共同研究の必要性が生じた場合は、両研究グループの互いの承諾のもとにそのような共同研究は実行されるべきである。

6. 結語
本科学研究の議定書は2000年から2003年の間有効である。このプログラムはお互いの同意によって実行過程において変更されることもありうるし、期限終了後継続されることもありうる。
 
 

日本側研究グループ
 

宮永崇史博士
岡崎禎子博士
 

ロシア側研究グループ
 

Yu. A. Babanov 教授
A.Z. Menshikov教授
V. P. Pilyugin博士