理工学部新入生へ

―「世界観」の構築に向けて―

 

その昔、イギリスのケンブリッジだったかオックスフォード大学で、入学後1年間は大学に来ないで、社会体験を学ぶという制度があったと聞きます。受験勉強で硬直した頭脳をほぐし、これから大学で学ぶための意義を見つけるという効果をねらってのことだそうです。全くうらやましい制度です。現在の日本ではそのようなことは不可能に近いでしょうが、皆さんにはぜひこれに習って心気一転した気分で大学生活を迎えていただきたいと思います。これから、ここに書くことがそのためのヒントになれば幸いです。 


 皆さんはこれまで様々な知識を吸収してきてこられました。そして、今後さらに大学で高度なもの学ぶと期待されていることでしょう。しかし、それはこれまでの延長線上に内容的に進んだものを単に知識として得るだけでなく、ましてや
試験や就職のために勉強するのでもなく(「若い人が試験や就職のために勉強するようになっては世も末である」私は学生時代にこの言葉に出会い、目が醒めました)、得た知識によって皆さん自身の「世界観」あるいは「宇宙観」を作り上げるものであってほしいと思います。自然科学の個々の知識が皆さん自身の中で総合的に結びつき、世界観としてネットワーク的に構築されて行くのです。最初は小さな構築物でしょうし、その世界観は間違っていてもかまいません。(逆に間違っていることを恐れてはダメです)大学で講義を受けたり、実験を行ったりするたびに、その構築物を少しずつ大きくし、修正しながら、独自の世界観を育ててください。


 物理学の分野で非常に独創的で大きな世界観を持っていた人にファインマン(
P.R.Feynman)という人がいます。「ファインマン物理学」の著者として有名な人です。著者といっても本人が書いたのではなく、ファインマンが小さなメモをたよりに行った、大学初年度学生向けの壮大な講義を聞いた数人の人が、本にまとめたものです。「物理学」は理工系の学問を学ぶ上で重要な基礎になりますので、ぜひ1度その本を手にとってみてください。そして、小説のように、読み流してみてください。教科書だと思って、全部理解しようとすると、たいていは私のように途中で投げ出してしまいます。随所にファインマンの世界観を垣間見ることができるでしょう。たとえば、その中で彼は私たちに問いかけます。「もしもいまこの世に何か大異変が起こって、一切の科学的知識が消え去ってしまい、たった1つの文章だけしか次の世代に伝えることができないとしたら、あなたはどんなことを伝えますか?」彼の答えは教科書にかかれていますが、皆さんもぜひ自分自身の答えを考えてみてください。(この問題に正解なんてありません)この本格的な物理の教科書のほかに「ファインマンさんの…」とか「…でしょうファインマンさん」とかいった伝記風の本が多数あります。こちらは肩もこらずに一気に読めます。ファインマンの全く常識を気にしない、自由奔放な考え方に接するとき、私たちは本当に元気が沸いてきます。

皆さん一人一人の中に、それぞれの「世界観」が育ち始めたとき(それが、他人のものと違っていても一向に構わないし、むしろその方が望ましいのですが)、これから大学で何を学べばよいか、そしてその後社会へ出てからどのような一生を送ればよいか、おのずから明らかになってくることでしょう。そして、その世界観に照らし合わせて、これからの社会を考えてゆくことが、目先の利益と繁栄だけでなく、将来にわたる人類と自然との調和につながって行くのです。