X線を使って調べてみよう

- X線吸収微細構造 「XAFS (X-ray absorption fine structure)-


この方法は、X線を用いて、ある原子のまわりにいる別の原子の場所や数や種類を調べる方法です。 ここでは、その入り口まで理解していただけるように、説明してみましょう。


(1)X線とは?

まず、X線とは何でしょうか?ご存知のように電磁波もしくは光のなかまで、波長の短い領域のものを指します。約100年前にレントゲンによって発見された当時、正体不明であったために「X」線と名付けられました。そう、医療診断にはよく用いられますね。最近、強力でかつ質のいいX線を得るために、加速器を用いた「放射光光源」が建設されてきています。日本で代表的なものは筑波にあるPhoton Factory (光子の工場;なんとロマンティックな名前でしょう)や兵庫県のSPring8(こちらの名前はいまいちですね)などです。SPring8はヒ素毒物事件の鑑定に威力を発揮し、思わぬところで有名になってしまいました。

 

(2)光吸収とは?

XAFSを理解するためにまず、光吸収を調べてみましょう。我々の世界が色々な色にあふれているのも物質が可視光の中である特定の光を吸収した結果、その残りがいろんな色を出すことによります。
まず、図1を見てみましょう。

ある試料物質に光があたる前とあたったあとの様子を書いてあります。光の正体は波であることは知られていますが、その波長の短い光は大きいエネルギーをもっていて、波長の長い光のエネルギーは小さくなります(可視光の場合、この波長が色に対応します。波長の長いものから順に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と虹の順になります)。そこで、物質にあたたる前の光のエネルギーの分布を上のグラフのようなものであるとします。これは、いろんなエネルギー(波長)の光が同じくらいずつ混ざっている状態といえます(太陽の光はこのような状態に近いといえます)。このようなグラフを光のスペクトルといいます。物質にあたったあとのスペクトルを見てみますと、途中のあるエネルギーの部分だけへこんだスペクトルが見られます。このときにそのエネルギーの光を吸収したといいます。(吸収といっても水が綿にしみこむ様なイメージではありません)すると、その物質を通り過ぎた光はもはや太陽の光のようではなく、ちょうどセロハン紙に透かしてみたような色が付いた光になります。吸収されずに生き残った光の色(捕色ともいう)が我々の目に入ることになります。

 

(3)光吸収の原理

次に、このような光が物質によって吸収される理由をお話しします。物質の中には多数の電子が飛び回っていますが、その飛び回り方にはある規則があります。元気な電子は遊園地のジェットコースターのような激しい「軌道」を走っていますし、あまり元気のない電子は回転木馬のようなやさしい「軌道」を走っています。そこにエネルギーをもった光がやってくると、元気のない電子にエネルギー(すなわち元気)を与えることができ、その回転木馬の電子はジェットコースターに一瞬にして飛び移ることができます。通過した後の光はその回転木馬とジェットコースターのエネルギー差額に対応するエネルギーの光を失う(吸収される)ことになります。それを模式的に表したものが次の図です。

下の状態が回転木馬で上の状態がジェットコースターです。エネルギーの差額をE0と書きましたが、可視光の場合色が付いて見えるのはE0=数eV(エレクトロンボルトというエネルギーの単位)です。このように特定のエネルギーの光を失ったあとのスペクトルは図に示したようにE0のところでへこんだようになるわけです。

(4)X線の吸収

それでは、X線を吸収するとどうなるでしょう。先程も話しましたように、X線も光の仲間ですが、波長が非常に短い、すなわちエネルギーが非常に大きいのです(だいたい、数千eV)。このくらい大きいエネルギーの光になると、遊園地の入場券を買ったばかりエネルギーの低い電子にジェットコースターも飛び越して空高く舞い上がるくらいのエネルギーを与えることができます。そうすると、電子の行き先はさっきのジェットコースターのように軌道がはっきりしているわけではなく、上の状態は下図のように連続状態になります(空高く飛んでった電子は好きなエネルギーをとれることになる)。

その場合のスペクトルをみると、図中のの左の図のようにE0でX線が吸収されたらそのままされっぱなしになります。この、E0のことを吸収端とよびます。

 

(5)微細構造の出現

遊園地で空高く舞い上がった電子は実際の物質の中では自分が所属していた原子を飛び出して、原子と原子の間の空間に飛んでゆくことを意味します。このような電子を「光電子」とよびます。物質の中ではたくさんの原子が固体結晶中では規則正しく、アモルファスや液体中では不規則に並んでいます。そんな中を飛んでいった光電子はその飛行途中でとなりの原子にぶつかることになります。そうすると、となりの原子に散乱された光電子の1部はまた、自分が所属していた原子の方向に戻ってくることになります。そのとき何が起こるかということは「量子力学」というものを学ばないと理解できないのですが、電子は「粒子」であると同時に「波」としての性質もあります。したがって下図のように、原子の外に飛びだした電子は、ちょうど水面の波のように広がってゆき、隣の原子にぶつかってまた波が帰ってきます。

そこで、出てゆく波と戻ってきた波が干渉をおおこします。その干渉の結果、出てゆく波と戻ってきた波が強めあったとき、入場券を買ったばかりの電子がたくさん飛んでゆくことができ、出てゆく波と戻ってきた波が打ち消しあったとき、電子はあまり外へ飛び出せなかったことになります。電子が飛び出すためにX線が吸収されるのですから、その結果として、X線が吸収されたりされなかったりすることが起こります。ここで、賢明な皆さんはお気づきでしょう。せっかく電子がX線からエネルギーをもらって飛び出し、隣にぶつかって戻ってきたのに、波が打ち消しあい、結局自分は飛び出すことができなかったのだと今更いわれても、飛びだしてしまった後ではとりかえしがつかないではないか?この答えは大学で物理学を学んでいただくとわかるようになりますから、ご期待ください。話はちょっとそれましたが、このような干渉が起った場合のスペクトルは上の図の右のように、吸収端の右側(高エネルギー側)で一種の干渉縞のように波打つようになります。これをX線吸収に現れる微細構造と呼びます。この波模様の微細構造はとなりの原子の場所や数や種類などによって決まるものですので、これを数学的に処理すると原子のまわりの局所構造を調べることができます。これがXAFSの原理です。 このXAFSという手法はある原子の近傍の構造を調べる方法なので、このホームページで紹介されているような、表面や界面の構造、微粒子や量子ナノ構造と呼ばれるせまい領域の構造を調べるのに適した方法であるといえます。

(6)XAFSと回折法との違い

 物質の構造解析の手法としては、従来からX線や中性子線の回折を用いた方法が使われてきました。ここでは、それらの回折法とここで紹介されているXAFS法との違いを考えてみましょう。
 回折法ではorder状態の純粋な系に対して、X線入射方向と出射検出器方向に決められ、X線や中性子線が照射されている領域すべての干渉を利用する、厳しい条件での干渉効果を検出します。したがって、orderで純粋な系にはこれ以上の構造決定法はないでしょう。一方で、このようなorder化された純粋な系は日常ではまれです。欠陥もあれば、disorderもあります。単結晶でさえ、ペロブスカイト型結晶のように、ドメイン構造をもち、disorderな相であるものもあります。回折法はこのような系全体の平均構造をあたかも強い干渉が起こっているかのように検出してしまい、大部分の干渉相に対して、非干渉相の情報は完全にかき消されてしまいます。 
 それに対し、XAFSによる局所構造は、それぞれの原子から放出される光電子がそれぞれの原子周りの情報だけを集めてきたものです。光電子の平均自由行程はさほど長くないため、干渉効果は回折に比べると小さいのですが、その分、disorderな部分の情報もその分量に応じて含まれています。たとえてみれば、回折法は非常に行儀の良い、優秀な生徒たち(order化した)に、統一的な厳しい学力試験(強い干渉)を課して、その生徒を評価しようとするのに似ています。本当に優秀な生徒はそれで正しく評価されますが、そのグループの中の異端児は完全に無視されてしまうでしょう。一方、XAFS法は各生徒それぞれに、個別に意見を聞きながら対応する教師に似ています。様々な特徴を持った(disorderな)生徒には、あまり厳密な評価基準を当てはめることができませんし、XAFSのような多少あいまいで、鈍い方法が良いこともあります。干渉が弱く、曖昧な構造決定法は、実は、disorderな系で力を発揮するのです。このような意味からも、XAFS法はX線や中性子などの回折法に対し、相補的な方法といえます。

(宮永崇史)