( 学園だより 第 94 号, p15-16, 1991 年 12 月 16 日 発行 )

地底で待つ宇宙からの見えない粒子

高 橋 信 介


 かたいパンとエスプレッソだけの軽い朝食をすませて車に乗りトンネルへ向かう。タイムトンネルに吸い込まれるように加速していく。日曜日なのでだいぶ奥の方まで見える。排気ガスで薄よごれた扉の前で車は止まった。もうちょっと先にある伊仏国境を示すプレートはEC統合のマークに変わっていた。ここはモンブラントンネルの最深部で地下宇宙線観測所のある場所である。この実験所は伊ソ共同で始められ現在も続いており、新たに日伊共同実験のための準備が開始されている。

 きっかけは、現代宇宙論で話題のひとつになっている「目に見えない暗黒物質」が存在するという予言と、我々のグループが開発中であった放射線の新しい検出器とを結び付けることから始まった。Witten ( 1990 年フィールズ賞受賞者 ) や Rujula と Glashow ( 1979 年ノーベル物理学賞受賞者 ) は、この暗黒物質は宇宙に大量に存在し、それらが超重粒子として地球にも落下してくる可能性を指摘している。この超重粒子の候補としてはクォーク物質やGUT磁気単極子等が考えられ、それらの地球への落下速度はβ〜10のマイナス 3 乗 ( およそ光速度の千分の一 ) 程度とされている。ところがこの速度では、通常の電離・励起型計測器では、入射粒子のエネルギー損失がわずかであるため微弱な信号しか得られないか、或いは入射粒子が計測器にとって中性に見えてしまい検出できないと考えられる。そこで検出原理の異なる計測器が必要になっていた。一方、我々が開発中の検出器は、熱蛍光物質の硫酸バリウムの結晶粉末に稀土類元素を混入してシート状に加工した固体検出器で、熱蛍光シートと名付けた。初めは高エネルギー宇宙線現象を研究するために開発され、これまでに放射性同位元素( Sr-β線, Co-γ線 )や電子シンクロトロン( 600 MeV 電子線 )による人工照射実験、乗鞍岳山頂、富士山頂、コンコルド機内での高エネルギー宇宙線露出によるテスト実験を繰り返してきた。その結果放射線刺激に高感度、10 桁以上の不飽和( 通常 3 桁 )、室温照明下での容易な取扱いなどの特徴が確認され、さらに熱蛍光の分光分析による発光波長特性を加熱温度別に明らかにするための基礎実験を準備中である。

 さて、では熱蛍光シートは新しい検出器となり得るか? 未知粒子の探索実験はちょうど、砂漠の中を砂煙を巻き上げて疾走するジープの性質を、上空から砂煙の様子を眺めてあれこれ想像するようなものである。もし超重粒子が地球に降っていて、それを検出するには砂煙を高く舞い上がらせる仕掛けがポイントとなる。まず検出原理については、熱蛍光の発光の源となる格子欠陥を作るメカニズムとして超重粒子の弾性衝突によるエネルギー損失を仮定し、この場合の出力信号の検出可能性についての詳細を第21回宇宙線国際会議( 豪・アデレード大学、1990 年 )で発表し、この報告を裏付ける重イオンビーム照射実験( 立命館大学、仏 SATURNE研究所 )では弾性衝突型エネルギー損失を示す結果が得られている。つぎに仮に 10の5乗ナノグラムの超重粒子が Rujula と Glashow のいうようなシナリオで飛来しているなら、百平米の検出器で待ち受ければ一年間当りに15個程度検出できることになる。従って放射線雑音の少ない場所に大面積の検出器を建設しなければならない。幸い熱蛍光シートの大面積化は容易で、その解析法の技術的な困難も解決し、伊・トリノ大学、トリノ宇宙地球物理学研究所の協力もあり、日伊共同研究(日本側:弘前大、岡山大、岡山理科大、埼玉大)が始まった。

 午後7時。だいぶ疲れた。ずっと暗室での作業だった。トンネルを出ると辺りはもう暗闇になっていた。国境検問所を顔パスで通過と思ったら、新人のおまわりさんが自動小銃を片手にパスポートを見せろとにらんでいる。ああ今日も「御天道様」を見なかったなあと思うこともある。麓の町クールマイユールは春スキーのメッカで、トンネルの向うはシャモニー . . . . . . 。さあワインでも飲みながら本場のイタリア料理を食べよう。ティラミスたべて、ジェラートたべて、グラッパのんで . . . . . . 、あぁ眠い。

(写真は準備中です)

最終編集日 ( Dec. 05, 1996 )