( 学園だより 第 106 号, p20-21, 1994 年 12 月 22 日 発行 )

バイカルに沈む夕日はすばらしかった

  The Lake Baikal   撮影 高 橋 (Oct.08,1994)

 今年 5 月と 10 月にそれぞれ1週間シベリア南部の町イルクーツク市に滞在した。5 月はロシア科学アカデミー・シベリア支部・陸水学研究所で開催された国際ワークショップ " Baikal as a Natural Laboratory for Global Change " への参加のため、また 10 月はイルクーツク大学で開催された日露二国間ワークショップ " High and Extremely High Energy Neutrino Astrophysics in the Baikal " へ参加のための旅行であった。いづれのワークショップもバイカル湖を研究対象とする、あるいは「研究の場」とする研究者が集まって開催された。

 特急白鳥に揺られて 5 時間半、新潟の割っぱ飯で腹ごしらえして待つこと 4 時間。やっと 16 時 30 分発イルクーツク行きの飛行機に乗り込んでやれやれ。毎週水曜日に1往復する定期便と聞いてはいたが、お客さんが少ないのにはちょっと驚いた。およそ4時間半でイルクーツク空港へ到着。イルクーツクの町はバイカル湖から流れでるアンガラ川に二分され、中心街は右岸に広がり、左岸にはシベリア鉄道のイルクーツク駅、工場群、研究都市やアパート群が広大な土地に計画的に並んでいる。大学は中心街のメイン・ストリートであるボリショイ通りにあるが、研究所は左岸の研究都市に点在している。空港に降り立つと、北緯 52 度のこの地は、すでに暗く冷え込み、「 5 月に来た時はまだ明るくて、街路樹の林檎の花が満開だったのになぁ」と思いながら、なんとなく心細い気持になった。

 バイカル湖は、世界中の川や湖の水(淡水)の 20 パーセントを占め、最も大きく、最も深く、最も古い湖である。琵琶湖の約 50 倍の面積をもち、深さ( 1637 メートル )は十和田湖の約 5 倍、南北の長さは実に弘前・東京間に相当する。またそのできかたは、インド大陸がユーラシア大陸に衝突したときに、ヒマラヤ山脈が盛り上がり、北の方で大陸が裂けたことによると考えられている。湖底には 2400 万年の歴史を秘めた 400 0メートルにも及ぶ堆積物が眠っている。さらに外界から隔離されていたため、ガラパゴス島に匹敵する「生物進化の生きた博物館」と呼ばれるほど固有の生物が生存している。5 月のワークショップでは、ロシア、ベルギー、日本、スイス、英、米、仏などの研究者が集り、物理学、化学、生物学、生態学、地学、湖沼学、地球科学、環境科学、宇宙線物理学など、さまざまな分野からの研究発表があった。

 また、バイカル湖は宇宙から飛来する放射線を観測する実験室でもある。水深500メートルより深いところに測定器を沈めて、宇宙線ニュートリノやミュー粒子が水中で発する光を検出する計画が十数年前より始まり、現在 36 個の検出器からなる測定器が連続観測を続けている。この検出器を連結したワイヤーの湖底への固定は、氷の厚さが 40 センチ以上にも達する凍結期を利用しておこなわれているのはバイカル湖ならではのことであろう。10 月のワークショップでは、水中に 1 立方キロメートル規模の巨大な測定器を建設して、21 世紀へ向けての超高エネルギー・ニュートリノ天文学の壮大な夢物語が日露の研究者たちによって繰り広げられた。

 ワークショップの中日にはバイカル湖の見学会が企画されていた。バスに揺られて 1 時間半で湖畔の小さな村リストビヤンカへ到着。ここの小さな船着場から研究所の調査船に乗り、1 時間ほどでボリショイ・カトゥ−という小さな集落へ。ここは、陸上からの交通手段が無く、以前は流刑地であったと聞く。しかしながら、湖の水は青く透き通り、空の青さに目を細め、また、針葉樹の濃い緑と、赤や黄色にあざやかに色づいた木々の紅葉に、次々とシャッターを押し続けてしまった。生活の音はまったく無く、水辺のかすかな音だけが聞える静寂の中で、松の枝葉ごしに見るこの風景は、どことなく日本の景勝地を思い起こさせ、「シベリア」という地名に対してもっていたイメージとは、ほど遠いものであった。

 ウオッカを飲み交し、キャビアやイクラ、塩漬けの生のオームリ( バイカル湖の魚 )やペリメニ( シベリア風水ぎょうざ )を食べながら、さらには、新潟の大吟醸を傾けながら、船内のいたるところで、夢物語のつづきに盛り上がっていた。ふと気がつくと、三々五々、甲板に集りはじめ、口数も少なくなり、赤ら顔たちが西の空に向いていた。カシャ、カシャ、.....

(写真は準備中です)
写真の説明
(夕日の写真) バイカルに映る夕日。カラーでないのが残念!
(風景の写真) 湖畔のボリショイ・カトゥ−。やっぱり、カラーでないと....


最終編集日 ( Dec. 05, 1996 )