プログレス物理化学 II (20130116) M: 以下は宮本のコメント
10s3003: 
H$ _2$O 分子のように, 振動状態が簡単であるものではなく, 分からない時は, どのようにして, 規約表現に対する振動状態を求めるのですか? M: 基準振動の振動数と基準座標 (振動の仕方のようなもの) とを求める方法のひとつに, ``GF 行列法'' という方法がある. 詳細は専門書を参照. // 基準座標 は, 各原子の変位ベクトルを点群の規約表現に属するように線型結合をとった対称性適応型の変位として作られる. 群論で導くことができるのはここまでだ, 考察の出発点にはなるだろう. 実際の基準座標は, 同じ規約表現に属するそれらの線形結合となる.

10s3010: 
全対称と逆対称は違うと前回の授業で言っていたような気がするのですが, 何が違うのですか. (別の授業で同じように扱っていたので (’・ω・‘)) M: 質問の意味が分からない. 勘違いか, 正確な用語を使えていないのだと思われる. // 全対称とは, ある点群の元で全ての対称操作に対する指標が $ +1$ であるような表現 (規約表現) のこと. 一方, 逆対称とは, 例えば今日の水分子の振動モードで B$ _2$ の振動のようなもののことを逆対称伸縮振動と言うときに使う.

10s3018: 
クロロ酢酸エチルとブロモ酢酸エチルの -CH$ _2$-Cl や -CH$ _2$-Br の $ ^1$H NMR スペクトルのシグナルは 1 本なのにフルオロ酢酸エチルの -CH$ _2$-F のシグナルが 2 本に分裂しているのは なぜ? M: [持ってくるのが, おそ〜い (笑)] おそらくハロゲン原子核とのカップリングのせいだろう. それぞれの核種の核スピン, 磁気モーメント, 天然存在比は下表の通り. F の時は, F の核スピンが 1/2 で磁気モーメントも大きい (プロトン並み) ので, これとのカップリングで信号が二本に分裂する. Cl や Br の時には, 核スピンが 3/2 なので四本に分裂して見えてもよさそうではある. しかし実際には分裂が見えないのは, 核磁気モーメントの違いと核四極子による緩和の効果とが考えられる. さて表を見てみると, Cl では磁気モーメントが F のそれの 1/3 程度と小さいので, それだけ分裂が小さくなるだろうが, Br では同程度である. ということで, 緩和の効果が大きそうだ. NMR の測定自体も, 室温溶液だろうし. 即ち, 非常に速い緩和のために, 信号が narrowing を起こして, 鋭い一本線に見えるのだろう. [口頭での説明と少し変わってゴメン]

10s3020: 
簡約 (直和分解) は内積で表せますが, 直積は外積で表せるということですか? M: 確かに簡約 (直和分解) をした時に, 内積の計算を用いたが, 線形代数的には全然違う. 直和を $ \oplus$ で, 直積を $ \otimes$ で, それぞれ表すとすると, 式 (1) と (2) のようになる. すなわち, 直和で ($ n+m$) 次の行列が n 次と m 次の行列に分解され, 一方 n 次と m 次の行列の直積で ( $ n\times{}m$) 次の行列になる. またこのとき, 行列の対角和をとることを $ {\mathrm{Tr}}$ で表すとすると, 式 (3) と (4) が成り立つ.

10s3023: 
タッチスクリーンからボタンが浮き出る「Tactus」というのが, 開発されているらく, 指で触れる部分 (画面) が伸び縮みすると思うので, 伸縮に対する強度が強い素材が使われると思うのですが, 伸縮に強い透明な素材にはどんなものがありますか? M: 普通にシリコンゴムとかじゃダメなのか? ... と思ったけれど, Web 上の動画を見たら, ぷくっと盛り上がってボタンが出来る感じだった. 伸縮といっても大した事なさそうなので, 一般的な硬めの透明プラスチックのフィルムでよさそう(?) 素材よりもアイデアで勝負の製品と見た.

10s3026: 
現在では反電子や反陽子が存在することが確認されているが, 昔はその存在を予測することができたのか. M: ディラックに聞いてみればいいのでは?

10s3029: 
遷移モーメントの選択則で例外なものはあるんですか? M: ちょっと質問の意図がわからないのだが. 遷移モーメントを $ \displaystyle {\bm \mu}_{ij} = \int \psi_i^* \hat{Q} \psi_j$   d$ \tau$ と数式で書くとすれば, 遷移モーメントの値がゼロでないのに禁制だとかいうような例外はない. しかし, 普通の考え方では禁制なのに実際には遷移が観測される (いわゆる禁制遷移) ということは, しばしばある. この時には上の数式自体や計算自体が間違っているのではなく, 上の数式では現象を上手に表現できていないということ. すなわちモデル化の誤り. 例えば電子遷移で d-d はラポルテ禁制なわけだが, 実際には弱い吸収が観測される. これは振電相互作用と呼ばれるもので, 電子状態の波動関数だけでなく振動状態の波動関数も組にして考えることで, 実際の遷移を理解することができる.

10s3036: 
原子核には, 正の電荷を持つ陽子が含まれていますが, なぜ同じ電荷を持つものがまとまって存在できるのでしょうか. M: 私たちの物理的世界を支配する ``四つの力'' を知っているか? 電磁気力, 弱い相互作用 (弱い核力などとも言う), 強い相互作用, 重力 の四つなわけだが.

09s3040: 
振動の自由度は $ 3N$ 個の自由度から並進の 3, 回転の 3 を除くとありますが, なぜ直線分子では回転は 2 なんですか. M: たいていの本の記述では, 直線分子の場合には分子軸周りの回転はないという説明がなされているが, わかりにくい. 分子軸周りに回転運動をしていたとしても, 回転しているかどうかが分からない, というのが直観的な理解 (串だんごのオモテ面にはアンコが塗ってあるというような区別は, ミクロの世界では存在しない). 別な言い方をすれば, 各原子の変位ベクトルをどのように組み合わせても, 分子軸周りの回転運動を作り出すことは出来ないのである. // マッカーリ&サイモンの p.555 には別の説明がある. 曰く, ``直線分子の重心まわりの向きを指定する変数の数は 2 個でよい'' と. なるほどネ.

表 核種の性質


核種
核スピン,
$ I$
核磁気モーメント,
$ \mu / \mu_N$
核四極子モーメント,
$ Q /$   fm$ ^2$
天然同位体存在度,
$ 100 x$
$ ^{19}$F 1/2 +2.628868 - 100
$ ^{35}$Cl 3/2 +0.8218743 8.50 75.76
$ ^{37}$Cl 3/2 +0.6841236 $ -$6.44 24.24
$ ^{79}$Br 3/2 +2.106400 31.8 50.69
$ ^{81}$Br 3/2 +2.270564 $ +$26.6 49.31
(参考) $ ^1$H 1/2 +2.79284734 - 99.9885

(出典: IUPAC Green Book 3rd ed., ただし数値の不確かさは省略した.)

$\displaystyle \left( \begin{array}{ccc\vert ccc} a_{11} & \ldots & a_{1n} & 0 &...
... 0} \\ \hline {\bm 0} & {\bm B} \\ \end{array} \right) = {\bm A} \oplus {\bm B}$ (1)

$\displaystyle {\bm A} \otimes {\bm B} = \begin{pmatrix}a_{11} & \ldots & a_{1n}...
...b_{1m} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ b_{m1} & \ldots & b_{mm} \\ \end{pmatrix}$    
$\displaystyle = \begin{pmatrix}a_{11}b_{11} & \ldots & a_{11}b_{1m} & a_{12}b_{...
...\ \vdots & \ddots & \vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \ldots \\ \end{pmatrix}$ (2)

$\displaystyle {\mathrm{Tr}}({\bm A} \oplus {\bm B}) = {\mathrm{Tr}}\bm{A} + {\mathrm{Tr}}\bm{B}$ (3)
$\displaystyle {\mathrm{Tr}}({\bm A} \otimes {\bm B}) = {\mathrm{Tr}}\bm{A} \times {\mathrm{Tr}}\bm{B}$ (4)



Ryo MIYAMOTO, 2013-02-01