プログレス物理化学 II (20121221) M: 以下は宮本のコメント
10s3003: 
ブロック対角にするような相似変換 $ \bm T$ は どのようにして求めるのですか. M: 相似変換で対角和 (trace, 跡) が保存されると説明したが, より本質的には, 固有値が保存されている. したがって, 固有値の和である対角和や固有値の積である行列式の値は, 相似変換に対して保存されることになる. 閑話休題. 一般の相似変換の変換行列に, 特別な制限がないことは 20121214 の 10s3010 参照. しかしブロック対角にする相似変換ということであれば, もちろん究極は固有ベクトルからなる行列で, これにより表現行列は対角化される. もう少し緩くて, 2 次以上のブロックが残っても良いことにすると, 適当な基底にもとづいて Generating Machine を使う方法があるかな.

10s3010: 
指標表の C$ _{3v}$ $ \varepsilon = \exp\left( 2 \pi i / 3 \right)$ とありますが, どうしてこの値なのでしょうか. M: C$ _{3v}$ の点群には, そういう指標は出てこない. // C$ _{n}$ 群などでは複素数の指標がある. 例えば C$ _{3}$ $ \varepsilon = \exp\left( 2 \pi i / 3 \right)$, C$ _{5}$ $ \varepsilon = \exp\left( 2 \pi i / 5 \right)$ など. すなわち一般に C$ _{n}$ $ \varepsilon = \exp\left( 2 \pi i / n \right)$ ということになる. C$ _{n}$ 群で, 群の要素である対称操作は, $ \displaystyle \left\{ C_{n}, C_{n}^2, ... , C_{n}^n \equiv E \right\}$ の n 個である. どの対称操作も n 回繰り返して作用させると元へ戻って恒等操作と等しくなります. すなわち表現行列は一次元で, 1 の n 乗根 ( $ \sqrt[n]{1} = \exp\left( 2 \pi i / n \right)$) で良いことになる. $ \exp\left( 2 \pi i / n \right)$ が 1 の n 乗根であることは, これを n 乗してみればすぐにわかる.

10s3018: 
フェロセンの 2 つの Cp 環が同じ方向に回転しているのと逆の方向に回転するのとでは何か違いはありますか? M: 同方向に同じ速さで回っていたら, 分子全体の分子軸 (主軸, C$ _5$ 軸) まわりでの回転ということになる. 前回の質問で Cp 環が回転していることを述べたが, これは分子内での回転で, 二つの Cp 環が互いに相対的に回転しているとしか言いようがない. 同方向に異なる速さで回転しているのと, 互いに逆方向に回転していることとを区別できない.

10s3020: 
ナフタレンの点群が D$ _{2h}$ なのでテトラセンの点群も D$ _{2h}$ になると思ったのですが, ベンゼンが偶数個直線的につながった構造の点群は全て D$ _{2h}$ になりますか? M: 具体的な分子の点群は, 例のフローチャートに従って判定すれば決定できるのでは? その意味で, テトラセンの点群が D$ _{2h}$ であるのは, ナフタレンの点群が D$ _{2h}$ だからではない. // ナフタレンの末端にベンゼン環を付け加えて直線的に延長していくことを考えると, 延長していく方向 (y 軸) は常に C$ _2$ 軸であり, また分子面内で中央の炭素 (環が偶数個なら三級炭素, 奇数個なら二級炭素) を結ぶ軸 (z 軸), 分子面に垂直で前記の二本の軸の交点を通る軸 (x 軸) もまたいつでも C$ _{2}$ 軸である. そしてこれらの軸のうちの任意の二本を含む面は, いつでも鏡映面である. ゆえに D$ _{2h}$ となる.

10s3023: 
指標表のマリケン記号の決め方において, 指標 $ \chi$ を決める時, 対称操作によって符号が変わらないと正の値, 変わると負の値になるとあったが, ここでの符号とは何のことですか? それと, 符号が変わっても対称となぜ言えるのですか? M: えーと, どこの本の記述の話でしょうか? // あるオブジェクト (講義中に用いた例では, 水分子の水素原子やデカルト座標の単位ベクトル. このようなものを基底という.) に対称操作を行ったときに, どのように変換されるかを見て, 各対称操作の表現行列を作る. ここで例えば C$ _{2v}$ 点群において, 単に $ \bm x$ ベクトルを基底にして, 対称操作の表現行列を考えると, E, C$ _2$, $ \sigma_v(xz)$, $ \sigma_v'(yz)$ の各対称操作に対して, 順に 1, $ -1$, 1, $ -1$ との表現が得られる. 一次元の表現なのでこれらがそのまま指標になる訳だが, +1 の時に ``対称 (symmetric)'', $ -1$ の時に ``反対称 (antisymmetric)'' と言う. ついでに言えば, 主軸の操作 (C$ _2$) に対して反対称なので, 規約表現の名前 (マリケン記号) は B となる. // 対称・反対称という言葉に加えて, ``非対称 (non-symmetric, etc.)'' というものもあるが, これは (その) 対称要素がなく対称ではないということ. でも, 分子の構造等を論じる場合の asymmetric は ``非対称'' だが, 分子内振動では symmetric stretching / asymmetric str. はそれぞれ ``対称伸縮振動'' と ``逆対称伸縮振動'' だし. Technical term はムズカシイ :-<

10s3026: 
次数と位数のように, 同じつづりだけど違う意味をもつような, 注意するべき単語は他に何かありますか. M: ``order'' という英単語は, 科学・技術系では, 他にも ``桁数'' の意味で使われることがよくある. 概略での数値の大きさ (1 なのか 100 なのか等) という意味で. // またハリー・ポッターの小説では ``the Order of the Phoenix'' だし :-)

10s3028: 
直交性定理から, 行と行が直交している事がわかると, 分子の形はどの様になっているかわかるんですか? M: 直交性定理は群の指標の性質なので, 純粋に数学的なモノであり, 具体的な分子の形との直接の関係はない. しかし... (以下 10s3029 参照)

10s3029: 
指標についての性質は, どのような場合に使われるんですか? M: 実際の ``簡約'' や ``直積'' の計算手順の背景になる. なぜこの手順で求めることができるのか? という疑問に対する解答が, 直交性定理などの (数学的) 性質である.

10s3036: 
化合物の中には, 点群の帰属が難しい複雑な物質があると思いますが, 物質の点群を帰属してくれるようなソフト等はあるのですか. M: 構造が複雑な分子は, むしろ対称要素が限られていて, 逆に点群の帰属が簡単になると思われる. 原理的に点群の数は無限個ではある (C$ _n$ 群を考えよ). しかし, 例のフローチャートに従って行えば, 実際の分子で困難を生じることは無いだろう. // 分子軌道法の計算プログラムでは, 分子構造の点群を判定するものもある. しかしこれは, 入力された原子の座標の数値を元に判定するので, 末尾の数字のたった一つが異なっているだけで, 違う点群に帰属されてしまうので要注意 (判定を loose にする(?)).

09s3040: 
指標表ごとで C$ _3$ の E の書かれ方が違う理由はなんですか. M: 著者に聞けばいいのでは? // 勘違いなど, 人のすることですから, 間違うことは誰にでもあるだろう. また, 本を書く時にも, たまたま間違っている他の本の記述を参照したり...



Ryo MIYAMOTO, 2013-01-15