プログレス物理化学 II (20121207) M: 以下は宮本のコメント
10s3003: 
フラーレン以上の正多角形は, 実際にはみつかっていませんが, 理論上では存在できるのでしょうか. M: フラーレン (C$ _{60}$) は, 正多角形ではありません. あえて言えば, 切頭二十面体 (trancated icosahedron) です. 正多面体は, 各面がみな同じ大きさの正多角形でできている多面体のことで, 正四面体・正六面体・正八面体・正十二面体・正二十面体の 5 種類しかありません. 特に後者二つについて, 具体的な分子の例は限定的でしょう. 硼素 (B) によるかご型構造では, 正多面体がありそうですが. 条件をもう少しゆるめた, しかし整った形の多面体は, いくつも考えられます. 具体的な分子の例が存在するかというと… あんまりなさそうですネ (;_;) 理論上は…, 高度な MO (含む DFT) 計算のプログラムが普及していますので, 試してみたら面白いかもしれません. 可能性は無限大! (←おおげさ) と言いたいところですが, 高い対称性を持った分子では, 縮重した MO を多く持つことが予想されます. もしここに電子が不完全充填されると… ヤーン・テラー効果により, 分子の構造は歪んで対称性の低下が起こります.

10s3008: 
DFT 理論という, 量子化学の中でも比較的新しい計算手法があると雑誌で読んだのですが, どのような利点があるのでしょうか? M: 通常のハートリー・フォック法を基にした分子軌道法では, (定義上) 電子相関が考慮されていません. しかし, 化学的に正確な (数 kJ/mol の精度の) 計算結果を得るためには, この電子相関の効果は無視できません. そこで, post-HF または beyond-HF として電子相関を考慮する計算方法はいくつも提案されています. しかしいずれも計算量が膨大であり, 有限の計算機資源 (計算機の能力, 計算時間 など) を用いる以上どこかで妥協せざるを得ませんでした. これに対して DFT は, 始めから電子相関の効果を一部取り込んだ形で定式化されています. このため HF 計算とほとんど同じレベルの計算機コストで, 電子相関の効果を部分的に含んだ計算をすることができます. そして汎用の計算プログラムに DFT 法が組み込まれたこともあり, 一気に普及しました. しかしもちろん欠点もあります. たとえば, 正確な汎関数は未だに知られていないので, 実測を再現するように汎関数が多数提案されている (提案されつづけている) こと, および計算精度を系統的に上げる手段がないことなどです.

10s3010: 
主軸や対称軸の矢印の向きに正解はありますか. // 群の掛算表が p.498 にありますが, 第一の操作, 第二の操作の順で操作を行い, 掛算を行うとき, このときも右側を先にして計算を行うのですか. M: 矢印の向きに正解はありませんが, 回転軸に対して右回り・左回りの区別はあります. 普通は右ネジかな. z 軸で回すとすると, xy 面内で (z 軸の正の方向から xy を見て) 反時計回りが正方向. // 積の表を作る場合, 掛算の順序は重要です. 群の定義でも説明したように, 一般には交換則が成り立たないので. ただし, 第一の要素と第二の要素のどちらを行にしてどちらを列にするかは, 特に決まりはないと思います. したがって, 表には明示する必要がある! (表 12.4 は, そうなっている) 対称操作の記号 (C$ _n$, $ \sigma_v$ など) を使っている分には, 第一の要素を右に書こうが左に書こうが, 大差ないように思われるかもしれません. しかしこの後, 対称操作を行列で表現するようになると, 左右の配置は重要です.

10s3018: 
ヒュッケル則はなぜ環状化合物でないと成り立たないのか? M: Hückel 近似による環状ポリエンのエネルギーの一般式が, 章末問題 10.43 に示されています. これを図形的に示すと, 頂点のひとつを下に向けて置いた, 円に内接する正多角形を考えることになります. すなわち, エネルギーの低い方から閉殻に電子を詰めるとすると, 必ず $ 4 N + 2$ 個の電子が必要になります. (もし電子の数が $ 4 N$ 個であれば, 電子が入る軌道で最もエネルギーの高いものは, 二重縮重した軌道に電子二個となります. このままだと開殻系ですが, 実際にはヤーン・テラー効果により, 縮重が解けるように分子が歪みます. 結果として, 共役系ではなく, 結合交替系になるでしょう.)

10s3020: 
スペクトル解析と周波数解析は同じ意味ですか? 違うとしたら何が違いますか? M: 時間とともに変動する振動 (音など) の解析をする場合, たぶん同じ意味でしょう. しかし別の場面での ``スペクトル'' については (例えば ``紫外可視吸収スペクトル''), そういう言葉を使わないか, あえて使用しても前者のみでしょうか.

10s3023: 
主軸を考えようとした時, n 最大のものが複数あるとしたら, どのような基準で選べば良いですか? M: 何を選ぶのでしょうか? 点群の判別をする場合には, おそらくどれを主軸にしても, 最大値は最大値なので, 変わりはないでしょう. 困りそうなものは, そもそも正多面体に類するものなので, すぐにわかります. 唯一問題となるのは… お楽しみ〜 (←イジワル?)

10s3026: 
化学に群論の考え方を適用すると 具体的にどういうことに役立つのか? M: え〜と, 他の講義でやってないんですか? 分子の性質は, 分子の形と密接な関係があります. すなわち分子の対称性と不可分です. 例えば i (対称心) を持つ分子であれば, 双極子モーメントはゼロであることが, 測定するまでもなく分かります. また S$ _n$ ($ \sigma$ = S$ _1$, i = S$ _2$ に注意) の対称要素を持たない分子は, 光学活性です. さらに, 対称操作で互いに交換する位置にある原子の NMR 信号は同じ位置に出ます (メチル基など分子内回転があれば, 等価な核はさらに増える) から, 構造の対称性から吸収線の数が予想できます (vice versa).

10s3028: 
恒等要素 E は何に使われるんですか. M: 単位元が存在しなければ, 群ではありません. 逆元を考えることもできなくなります.

10s3029: 
X 線解析など構造解析するとき, 誌料中に含まれる錯体や分子はたくさんあると思うんですが, そこからどうやって錯体や分子の構造を決定しているんですか. M: われわれが実際の誌料について何らかの測定をする時に, その誌料中には非常にたくさんの分子が含まれていることには, 注意する必要があります. すなわち, 多数の分子による平均値を測定しているとも言えます. そもそも回折実験の場合には周期構造が存在しなければいけないのですが, それでも平均の周期が観測されているわけだし, 分光学的スペクトルにしても, 遷移エネルギーの平均値 (例え線スペクトルでも, 不確定性原理による分散の平均) を観測しています. 従って, これらのデータから決定される分子の構造とは, 平均の構造ということになります.

10s3036: 
例えば, H$ _2^+$ の分子オービタルは H 原子の 1s オービタルの和で近似できますが, なぜ和が良い近似を与えることができるのでしょうか. M: 講義中でも LCAO 近似の根拠らしきことを説明しましたが, 伝わっていなくて残念です. よくある説明は, 核の近傍における電子の振る舞いは原子の振る舞いに似ているだろう, というものです. 別の説明としては, 任意のベクトルは単位ベクトルの線形結合で表現できるが, これを一般的な線形空間のひとつである関数空間に拡張する, というものです.



Ryo MIYAMOTO, 2013-01-15