分子構造論 (20100602) M: 以下は宮本のコメント
08s3002: 
なぜベンゼンのオービタルは様々な値をとれるのですか ? 私には全ての波動関数の値がベンゼンを説明しているようには見えません. なぜ, あんなに異なる値をとっているのにどれもベンゼンの結合をあらわしているのですか ? M: もちろん分子軌道は, 分子の対称性を反映し, 分子についての様々な性質に関する情報を, 原理的には含んでいると考えられます. しかし量子力学の基本原理に戻って考えれば, 波動関数自身にはあまり意味がなく, その二乗が粒子 (この場合は, その軌道に入っている電子) の存在確率を与えるわけです. AO の係数の二乗を電子が占有している軌道の分だけ足し合わせることによって得られる電子密度などは, いずれの表現形でも同じであることが, すぐに確認できます. 08s3049 も参照.

08s3011: 
・ベンゼンでπ電子が非局在化する時, 節があった場合, 節のところで電子が移動できなくなるということですか ? // ・[分子軌道の絵らしきものは省略]π電子の電子がこの線のような動きをした時, σ結合をこの軸で形成している電子と何らかの作用が働き, 原子同士の結合に影響をおよぼすことはないのですか ? M: 電子は古典的な粒子のような軌跡を描いた運動はしません. したがって, 例えば電子が左から右へと移動してきて, ある瞬間に節の直前にいて, 次の瞬間に節の直後にいて, その後更に右へと動いていく, というイメージは誤りです. あくまでも波動関数の二乗が電子を見つける確率であり, 節のところではその確率がゼロというだけです. // π軌道とσ軌道は, お互いに直交していて, 重なり積分はゼロです. では互いに全く無関係かというと, そういうわけでもありません. 例えばスピン分極 (σ-πスピン分極) というものがあります. すなわちπ軌道にαスピンを持った電子が 1 個だけ入っていた場合, 同一原子上のσ軌道に対しては同じαスピンが入る状態の方が有利になり, これと共有結合している原子上の軌道にはβスピンの電子が入る可能性が高くなります. 結果として結合電子対の電子において, αスピンを持つ電子とβスピンをもつ電子との原子核周りの分布が異なることになります. すなわちπ軌道にαスピンが無い場合に比べて, αスピンは核の近くにβスピンは核から遠くに, それぞれより多く分布するようになります. このようにして, 共役系ラジカルあるいは炭素ラジカルにおいて, 炭素と結合する水素上に負のスピン密度が誘起され, EPR スペクトルでは水素核による超微細分裂が観測されることになります.

08s3017: 
p.432 の波動関数は〜で与えられるとありますが, 係数はどのようにして与えられているのですか ? M: 永年方程式を与えた, 元の連立方程式に戻って, 係数 (未知数) を求めます. Ritz の変分法 (p.274) を復習してください. または例題 10.6 参照, 同じことですけど.

08s3021: 
ベンゼンのπ電子エネルギー準位が, 円に内接する正六角形の頂点に対応するということですが, ナフタレンの場合は, 幾何学的にどのように対応するのか, ベンゼンと同じ円が, もう一つ並ぶのか. M: 自分で軌道エネルギーと波動関数を求めてみればすぐにわかるのですが, ここでは別の話. ナフタレン分子は D 2h の対称性を有するのですが, この点群には縮重した規約表現がありません. したがって, 対称性の面からは軌道エネルギーの縮重はないということになります. 円に内接する正多角形の場合, 最低エネルギーの頂点 (および最大エネルギーの頂点) 以外は, 必ず二重縮重になりますから, ナフタレンはこれとは異なることがわかります.

08s3028: 
筆算で計算できない大きな分子はどのようにして求めるのですか. M: 昔 (!) の人は, 少し大きな分子まで手計算したものと思われます. まあ, 計算尺とか手回し計算機くらいは使ったかもしれませんけどね. 今はもっぱらコンピュータの利用でしょうか.

08s3032: 
分子の形により電子の持てるエネルギーが限定されているのでしょうか. M: 分子の構造により, 電子の軌道およびエネルギーが決まるという意味では, 限定されていると言えるのでしょうね. まあ, よく考えれば (考えなくても) 当たり前のことですけど. そういうわけで, 分光学的スペクトルを測定して, 分子の構造などについての知見を得ようとするわけです.

08s3040: 
ベンゼンのπ軌道で, 節の位置が少しずれているのはなぜですか ? また, 節の数が増えたり, 節の位置が移動したりする要因は何ですか ? M: 節の数が増えるのは, 軌道のエネルギーが増加するからですね. 箱の中の粒子の問題や調和振動子の時のことを思い出してください. 位置がずれたり移動したりする件については, 何を基準にしてズレたりなどという話なのでしょうか ?

08s3043: 
ダイヤモンドを薄膜状にすると, レーザーをあてたとき紫外線が出ると本で見ましたが, なぜですか ? 薄くしたときと厚いときとでレーザーに対する反応は違うのですか ? M: 発光のメカニズムについて, その本にはどう書いてありましたか ? メカニズムによっては, 薄膜であることが重要になるとは思いますけど... そのほかにも, 結晶成長など材料作成の技術上の要請から薄膜にしているとかね.

08s3049: 
教科書で何故ベンゼンのπ軌道の表現形について書かれていないのでしょうか ? M: マニアックな話題だから ;-) というわけでもないでしょうが. ちなみに (12.3) や p.524 では, 縮重した独立ではあるが直交していない軌道を求めています. また, 水素型原子の 2p オービタルなどは縮重しているので, 球面調和関数を用いた複素関数も, あるいはそれらの線形結合を取った実関数も, ともにオービタルの異なる表現ですね. 縮重している場合に, 固有関数が必ずしも直交しないことについては, ちょうど物理化学演習 A でやった問題 4.29 であつかわれていました. また, 同じく縮重している場合に, 同じ固有値に属する独立した異なる固有関数の線形結合もまた, その同じ固有値の固有関数になっていることは, 簡単に証明できます (挑戦してみてください. それとも教科書のどこかにあった ?). 今回はある意味で, 以上の既知の事項についての実例を示しただけであって, 特別に目新しい事柄を含んでいるわけではありません.

07s3032: 
分子軌道を計算する上で, 対称性がある以外に何か計算を楽にする要素はありますか ? M: 実際に手を動かして計算してみればわかりますが, 対称性は非常に強力なツールです. それ以外には…, そうですねぇ, 直交性も有用だと思われます. ためしにこれらを使わないで分子軌道を求めてみればいいのではないでしょうか.



Ryo MIYAMOTO, 2010-06-04