薄い膜の形

(薄膜ってなんだろう?)


薄膜ってどんな膜?


薄膜とは文字通り“薄い膜”のことです。
「なんだ、当たり前のことを言うな。」
と仰られるかもしれませんが、では“薄い”とはどうゆう意味でしょう。
「薄い鉄板」:1 mmか2 mmの鉄板は薄いと言うでしょう。場合によっては5 mmでも。
「アルミ箔」:薄いと言いますね。アルミ箔の厚さは普通20〜30ミクロンくらいです。
(ミクロンとは千分の1 mmの単位です。)
「大気圏」:「地球は薄い大気の層で覆われている」と言われますが、約20000 mあります。
「薄さ2 mmの・・・」:テレビコマーシャルで時々聞かれます。商品によっては5 mmだったり、1 cmだったりいろいろです。

このように、対象となる物によって“薄い”というサイズ(単位と言っても良いかもしれません)が変わってきます。
なにもこの様なことは“薄い”に限ったことではないことは皆さんもご存じでしょう。
例えば、“大きい”と“小さい”等々。
自動車と時計を考えてみましょう。 “大きい自動車”と“小さい自動車”や“大きい時計”と“小さい時計”という表現は一般的にされます。
特別な例を除いては、“小さい自動車”より“大きい時計”の方が小さいです。
一般論としての“大”・“小”と個別の場合は異なってきます。

話を戻しましょう。では、薄膜の場合の“薄い”の定義は何なのでしょう。
「○○mm以下」あるいは「△△ミクロン以下」の様に明確に定義されているのでしょうか?
残念ながら違います。
結論から言ってしまえば、研究分野によって微妙に(或いは大きく)違っています。
「なんていい加減なんだ!」
とお怒りになられるかもしれませんが、サイズでは決められない理由があるのです。
理由はちょっと後回しにしまして、どの様に薄膜を定義しているかを説明しましょう。

「薄膜とは、薄くすることによって大きな“かたまり”とは異なる性質を示すようになった膜のことである。」

この様に定義されています。

では“異なる性質”とはどんなものでしょうか?

「鉄のかたまりは簡単には曲げられないが、薄い鉄板なら手でも曲げられる。」
いいえ、この例は違います。これは厚さと強度の単純な関係で説明できます。

「わら半紙は比較的厚いけれども破れやすい。一方、薄手の高級紙は丈夫だ。」
これも違います。これは厚さによる差ではなく材質による違いです。

「石鹸水はほぼ無色透明だが、シャボン玉にすると綺麗な虹色になる。」
残念ながらこれも×です。シャボン玉の石鹸水の層の厚さが光の波長に近づくことによって 虹色に見えるのであって、石鹸水の性質そのものが変わったためではありません。

良い例はなかなか見つかりません。しかし、目には見えないけれども身近にあるのです。
発光デバイス等の半導体がそうです。詳しい例は
量子材料工学講座のホームページ に譲りますが、半導体がこれほど発展した背景には薄膜の“新しい性質”が重要な役割を 担っているのです。

また、実物をお見せできなくて大変残念なのですが、金や銀の薄膜も非常に特異な性質を示します。
皆さんは「金は金色、銀は銀色」だと言うことはご存じでしょう。
当たり前ですね、金の色だから金色と言うんですよね。でも、この金を薄膜にすると色が変わるのです。
「とっても薄い金箔を見たことがあるが、あれは金色だった。」
と仰る方もいらっしゃるかもしれません。そうです、金箔は金色です。金箔はまだ“かたまり”の性質を 示しているのです。つまり“厚い膜”なのです。
金箔の厚さは1ミクロンから10ミクロン程度だったと記憶しています。これではまだまだ厚いのです。
もっともっと薄い、数〜10 nm程度の薄い膜では、なんと、濃い緑色なんです。
(“nm”とは“ナノメートル”と読み、ミクロンの千分の一の単位です。つまり、百万分の1 mmです。)
“金色”が薄まって濃い緑になった訳ではありません。数〜10 nm程度まで薄くなったことによって、 新しい光学的性質(目で見ているのは光なので、光に対する性質が変わったことを確認していることになる。) が現れてきたのです。
一方、銀の場合は、金と同程度の厚さの膜が紫色をしています。

意外でしょう。かたまりの時、金色や銀色であったものが薄膜にすることによって濃い緑や紫に変わるなんて。
(磨いた直後はピカピカしていた金属が、放っておくと錆びて色が変わるという現象とは本質的に異なります。)

このように、薄膜にすることによって生まれた“新たな性質”を利用して新しいデバイスを開発する、
あるいは、なぜこのような“新たな性質”が出現するのかを解明することが量子材料工学講座の研究です。


表面と薄膜の関係

表面と薄膜は切っても切れない関係があります。
例えば“表面薄膜”という言葉があります。これは“表面にのっかった薄膜”と言う意味です。 金箔はとてもペラペラしています。指でつまむことも難しいです。 専用の竹べらを使ってベテランの職人さんが扱わなければなりません。
ましてや、その千分の一の厚さしかない膜はもはや“金だけの膜”としては存在しません。 なにかの表面にのっかった状態でした存在しないのです。
このように、非常に薄い膜は他の物(基板といいます)の表面上に作らなければなりません。

一方、この“表面”というのも特異な性質を示します。
やや難しい話になるかもしれませんが、ある物質Aを考えましょう。 Aの“かたまり”の内部では前後・左右・上下全ての方向にAがあります。
しかし、表面では前後・左右・下にはAがありますが上にはAがありません。
(「どっちの方向が上なんだ!」と言われるかもしれませんが、あくまで例なので、 普通に置いてある机みたいなのもを思い浮かべて下さい。)
また、表面の“下”からみると、上には表面があるのでここは内部になります。
つまり、表面の前後・左右・下の“下”は表面とは違っている(“上”があるかないか)
ので表面と同じAは前後・左右にしかないことになります。

もう少し分かり易くするために、断面の図で説明しましょう。

 

図中の細い横線が表面だとします。内部のAの左右・上下にはAが存在しますが、
表面のAの上にはAはありません。(図中、赤い矢印で示した。)
上にAが無いことによって内部と表面には違いがでてきます。
さらに、表面の下のAの上にはAがあるので、表面の下は内部になります。
つまり青い矢印で示した表面の下の方向にあるのは表面ではなく、違うAが
あるということです。

このことを難しく(あるいは格好良く)言うと、
「内部は三次元だが表面は二次元である。」
という言い方になります。さらに、
「表面は二次元であるがゆえに三次元である内部とは異なる性質を示す。」
これが、表面が特異な性質を示すことの理由です。

「話がこんがらがってしまって、よく分からない。」という人は、
「表面とは皮みたいなものだ。皮だから中身とは違うんだ。」
程度に考えてみて下さい。

さて、ここからが“表面と薄膜の関係”の本題です。
上に記しましたように、

「薄膜とは、薄くすることによって“かたまり”とは異なる性質を示すようになった膜のことである。」

と言うのが薄膜の一つの定義の仕方です。
これは大きな(厚い)ものを小さく(薄く)していく考え方ですが、これとは逆の発想で、
小さな(薄い)ものを大きく(厚く)してゆく考え方をすると、薄膜は、

「薄膜とはかたまりから表面だけを取り出したものである。」
あるいは
「薄膜とは表面だけのあつまりである。」

という定義の仕方もできます。
この定義は、薄膜がかたまりと異なる性質を示す原因を表面と関係づけて考えたものです。

「どっちの定義が正しいの?」
と問われれば、「どちらも正しい。」と答えます。
この二つの定義は、現象を中心に考えるか原因を中心に考えるかの違いだけで、
ほぼ同じことをいっているからです。


様々に形を変える薄膜。


とても薄い膜を作るにはどうすればよいのか?
膜が非常に薄くなると膜だけでは存在できなくなります。膜だけで存在するとは、例えば、
料理用のアルミホイルやラップの様にアルミニウムだけ、あるいはポリマーだけのもの
として存在すると言う意味です。
では、膜だけで存在できないとはどういう意味でしょう。
アルミホイルを例に考えましょう。最初は大きな固まりです。これを切ったり削ったり叩いたりして
いくうちにアルミニウムの板を作ることはできます。ここまではいいですね?
板をさらに薄くするには圧延といって圧力をかけたローラーの様なもので延ばすのです。
どんどん延ばしていくと箔になります。いわゆるアルミ箔(アルミホイル)です。
これをさらに薄くしていくとどうなるでしょう?
(技術的に可能かどうかは考えないことにします。)
家庭用のアルミ箔は約20ミクロンくらいです。
あれでもかなりペラペラしてますが、さらに薄くすると、もっと頼りなくヘナヘナになります。
もっともっと薄くすると(できたら、という話ですが)、端っこをピンセットで注意深くつまんでも、
すぐ切れてしまって、持ち上げることが出来なくなります。
つまり、薄く延ばすローラーから採ることが出来なくなります。
この状態が「膜だけで存在できない」状態です。
さらにさらに、もっともっともっと薄くすると、バラバラになってしまいます。

厚いものから薄くしてゆくには限界があります。ですから、非常に薄い膜を作るためには、
“なにか”の上に薄〜く作ってやることが必要になるわけです。

薄膜を作る方法は、通常“なにか”=“基板”の上に膜を作ります。
そのためには何種類もの方法がありますが、代表的な方法を列挙すると、
1. 蒸着法 (真空蒸着法)
2. スパッタ法
3. MBE法
4. CVD法
5. 電解析出法 (電解メッキ法)
等が挙げられます。
この中で「蒸着法」が一番解りやすいので、蒸着法について簡単に説明しましょう。

真空蒸着法とは
「真空中で、薄膜を作ろうとする物質を加熱して蒸発させ、その蒸気を適当な面の上に付着させる」

という簡単な方法です。簡単な例で言うと、水を加熱するとお湯になり、やがて沸騰して水蒸気(湯気)
になります。この湯気を冷たいガラスや金属、あるいは定規や物差しでも結構ですが、にあてると、
水滴が着きます。これが蒸着法の原理です。アルミニウムでも鉄でも加熱すれば融けて液体になり、
さらに加熱すれば蒸気になります。なんかアルミニウムや鉄の蒸気って不思議な感じがしますね。
このアルミニウムや鉄の蒸気を“冷えた”面にあてればアルミニウム滴や鉄滴になり、その面の温度
がアルミニウムや鉄の融点より低ければ固体になります。やかんから出てる湯気も、十分に(零度以下に)
冷えた定規にあてれば氷の膜が出来るわけです。原理は簡単ですね。
(なぜ「真空」が必要なのかは本質的でないので、ここでは触れないことにします。)

それでは、実際に作成された薄膜の形を見てみましょう。
左のMENUの中を上から順番にクリックしていって下さい。

200℃で作った薄膜