有機化学・光化学・超分子化学
「光機能性物質の合成と応用に関する研究」
○トリプタンスリン誘導体の蛍光試薬としての応用
 川上研究室では、抗菌剤のトリプタンスリンの2-位にアミノ基を導入した2-アミノトリトリプタンスリン(T2NH2)が、可視領域に吸収・発光バンドを持ち、強い蛍光を示すことを見いだしました[1, 2]。そこで現在、T2NH2 の有機蛍光色素としての性質を生かした、幾つかの研究を進めています。


2-アミノトリトリプタンスリン(T2NH2)の蛍光ソルバトクロミズム

1)T2NH2誘導体によるFRET型蛍光性化学センサー(平成22~24年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究C「生体内金属イオン検出のための新規な蛍光共鳴エネルギー移動型化学センサーの開発」)
 T2NH2の吸収・発光特性は、蛍光共鳴エネルギー移動[3](FRET)の優れたアクセプター(或いはドナー)分子に適している。そこで2-アミノトリプタンスリンをエネルギーアクセプターとする種々の金属イオン検出用FRET型蛍光性化学センサーの合成研究を現在進めています。金属イオン用蛍光性化学センサーは、蛍光のon, off や蛍光波長の変化(色の変化)により、金属イオンを認識する分子のことであり、環境中の有害金属イオンの検出・回収や、生体内で様々な重要な働きをしている必須金属イオンが、“いつ”、“どこで”、“どのように”作用しているかを明らかにするための機能解析ツールとして役立ちます[4]。

2)近赤外蛍光物質の合成(平成25~27年度日本学術振興会科学研究費助成基金基盤研究C「新規な生体用近赤外蛍光プローブの開発」)
 生体内で様々な重要な働きをしている生体物質が「いつ」、「どこで」、「どのように」作用しているかを明らかにすることは生命科学の研究にとって非常に重要です。その最も有力な手段として、蛍光イメージングプローブ法があります。これ迄にも、多くの蛍光プローブが報告されていますが、その大半は可視蛍光色素を用いたものです。しかし、600 nm 以下の可視領域は、血液中のヘモグロビンやその他の生体物質の吸収の影響を大きく受けるため、生体透過性が低いという欠点があり、1000 nm より長波長側に吸収をもつ水の影響も少ない650 nm~900 nm の 所謂 “生体の窓” と呼ばれる近赤外領域の利用が重要となっています。そこで本研究では、生体透過性に優れ、生体組織の観察に有用な650 nm~900 nm の波長域に対応した生体用近赤外蛍光プローブの開発を目指します。具体的には、2-アミノトリプタンスリンを基本骨格構造とする新規近赤外蛍光色素として、複数の方法(環拡張型、アルキニル基導入型、アニオン種型、分子内FRET型)で検討します。環拡張型は、共役の拡張により吸収・蛍光極大波長の長波長シフトを狙ったものです。アルキニル基導入型は、蛍光色素のピレンがアルキニル基を導入することで、吸収波長が100 nm、蛍光波長が65 nm 長波長シフトし、酸素による消光を受けにくく高い蛍光量子収率を示ようになったという報告例[5] に基づき、同様の効果を期待したものです。アニオン種型は、2-アミノトリプタンスリンの2-位のアミノ基と同じ電子供与性のヒドロキシル基をアミノ基かわりに導入したものです。ヒドロキシル基は水溶液中で解離してアニオンとなり、電荷分離が促進し、水溶液中で中性種よりも長波長側に強い蛍光を示すウンベリフェロン(7-ヒドロキシクマリン)のような挙動が期待できます。また、近赤外色素同士を適当な長さのスペーサーでつないだ系による分子内FRET型の近赤外色素合成も行います。これらの系は、2-アミノトリプタンスリンの骨格構造を有しているためいずれも優れた蛍光ソルバトクロミック挙動が期待され、蛍光プローブとしての利用が可能である。環境(分子周辺の極性変化)によって蛍光波長が変化する蛍光ソルバトクロミック色素を用いた蛍光プローブは、特定の生体反応とシグナル変化の相関が抽出しやすく、特にアニオン種型や分子内FRET型ではレシオメトリー測定により高い定量性も期待できます。また、本研究で用いる有機蛍光色素は、小分子であることから、測定対象の生体反応を阻害することもなく、励起波長が可視光後半から近赤外領域であるため、観測対象にダメージを与えることもないと予想されます。よって、抗原抗体反応や、DNAのインターカレート(薬物等の平面芳香環分子がDNAの塩基対間に挿入されること)等の極性変化を伴う系に対し、優れた蛍光プローブとなると考えられます。

[1] 川上淳,トリプタンスリン誘導体,特開2010-248086.(特許出願中)
[2] J. Kawakami, H. Kawaguchi, K. Kikuchi, A. Yamaya, S. Ito and H. Kitahara, Fluorescent Solvatochromism of 2-Aminotryptanthrin, Trans. Mater. Res. Soc. Japan, 38, 123-125 (2013).
[3] 蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer,FRET):近接した2個の色素分子(または発色団)の間で励起エネルギーが移動する現象。このため、一方の分子(供与体, D)で吸収された光のエネルギーによって他方の分子(受容体, A)から蛍光が放射される。
[4] J. Kawakami, K. Kikuchi, K. Chiba, N. Matushima, A. Yamaya, S. Ito, M. Nagaki, and H. Kitahara, 2-Aminotryptanthrin Derivative with Pyrene as a FRET-based Fluorescent Chemosensor for Al3+, Anal. Sci., 25, 1385-1386 (2009).
[5] H. Maeda, T. Maeda, K. Mizuno, K. Fujimoto, H. Shimizu, and M. Inouye, Alkynylpyrenes as Improved Pyrene-Based Biomolecular Probes with the Advantages of High Fluorescence Quantum Yields and Long Absorption/Emission Wavelengths, Chem. Eur.J., 12, 824–831( 2006).
○蛍光性化学センサーの開発
 ある特定の金属イオンや有機分子を、蛍光を用いて選択的に検出できる蛍光性配位子(蛍光センサー)の開発に関する研究です。蛍光センサーは、環境中の有害物質や金属イオンの検出・回収に役立つとともに、生体内で用いた場合には、生理活性物質の動的挙動を直接観察できる蛍光プローブとしても有用です。本研究では、細胞内分子を観察する技術(蛍光を用いたバイオイメージング)への応用も視野に入れながら、新規な蛍光センサーの開発を進めています。


亜鉛イオン用蛍光センサー
J. Kawakami, M. Ohta et al., Anal Sci., 19, 1353-1354 (2003).




バリウムイオン用蛍光センサー
バリウムイオンと錯形成し、光照射によりエキシマー蛍光を発する系
J. Kawakami, Y. Komai et al., J. Photochem. Photobiol. A: Chemistry, 139, 71-78 (2001).
○蛍光性デンドリマーの合成と応用
 規則的な多重分岐構造からなる最も制御されたトポロジーを有する新構造高分子としてデンドリマーが注目されています。例えば、芳香族炭化水素をもつデンドリマーには、光捕集アンテナ機能(外縁の枝のデンドロン部分が光エネルギーを吸収して励起し、そのエネルギーが中心部へ集められる機能)等の光学特性があり、さまざまな光機能性物質としての応用が期待されています。
 本研究では、金属イオンや分子を発光させるホストとしてのデンドリマー機能に注目し、デンドリマーの外殻末端部分に発色団を導入した蛍光性デンドリマーと金属イオンの分子間相互作用について調べることにより、新しいタイプの金属イオンを感知する化学センサーとしての利用を検討しています。

 


蛍光性デンドリマーN8に亜鉛イオンを添加した際の蛍光スペクトルの変化
J. Kawakami, T. Isobe et al., Anal. Sci. 21, 729-730 (2005).
「新規な抗菌活性物質の開発に関する研究」
○トリプタンスリン誘導体の抗菌活性
 抗菌剤として知られる植物の藍等に含まれる弱い塩基性のアルカロイド[1]のトリプタンスリン(Tryptanthrin)に関連した研究を行っています。
 天然物の藍から抽出されたトリプタンスリンが、アトピー性皮膚炎の原因菌であるマラセチア・フルフル菌(M. furfur)に対して、最小発育阻止濃度[2] (MIC) 約4.0 μg / ml の高い抗菌活性を示すことが、本学教育学部北原晴男教授(現本学特任教授,専門:天然物有機化学)と病態生理研究所との共同研究にいって明らかとなりました。この値は、現在アトピー性皮膚炎の治療にも使われている硝酸ミコナゾールよりも6倍強い抗菌性を示すものです。その後、本学医学研究科の花田勝美教授(現青森中央短期大学学長,専門:皮膚科学)が、トリプタンスリンを0.5%含む軟膏を作製し、2003年3月より、15歳から30歳までのマラセチア菌が関与する皮膚疾患を発症している患者5人に対して1日1~2回、発症している部位に軟膏を塗り、臨床試験を行ったところ、1~2週間でマラセチア毛包炎(マラセチア菌によるニキビ)が消え、皮膚に対する刺激反応やアレルギー反応についても問題なかったということがわかりました[3]。更に、本学医学研究科の中根明夫教授(現本学副学長,専門:細菌学)らの研究により、トリプタンスリンは、ピアスなどの金属やゴムによるアレルギーである接触性皮膚炎(Ⅳ型アレルギー反応)に対して抑止効果もあることがわかりました[4]。これらのことから、トリプタンスリンはアトピー性皮膚炎の治療薬をはじめとする医薬品や化粧品としての利用が期待されています。
 川上研究室では、北原教授と中根教授との共同研究として、平成18年から天然からは得られない種々のトリプタンスリン誘導体を化学合成し、抗菌性に対する構造活性相関について調べてきた。その結果、モノハロゲン置換トリプタンスリンが非常に高い抗菌活性を示す事や、トリプタンスリンの5員環のカルボニル炭素の電子受容能が抗菌活性に関係していることや[5]、抗菌活性が5員環のカルボニル炭素の電子受容能が関係していることを、理論計算によって明らかにしました[6]。

[1] アルカロイド(alkaloid):窒素原子を含み、塩基性を示す天然由来の有機化合物の総称。
[2] 最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration: MIC):一夜培養における微生物の視認できる発育を阻止する抗微生物物質の最小濃度。MICの値が低い程、抗菌活性が高い。
[3] 北原晴男他2名,藍草から得られた抗菌活性物質及びこれを含有する各種組成物,特開2004-189732.(特許出願中)
[4] 原晴男他5名,Ⅳ型アレルギー反応抑制剤,特許第5023317号.
[5] J. Kawakami, N. Matsushima, Y. Ogawa, H. Kakinami, A. Nakane, H. Kitahara, M. Nagaki, and S. Ito, Antibacterial and Antifungal Activities of Tryptanthrin Derivatives, Trans. Mater. Res. Soc. Jpn, 36, 603-606 (2011).
[6] J. Kawakami, H. Kakinami, N. Matsushima, A. Nakane, H. Kitahara, M. Nagaki, S. Ito, Structure–activity Relationship Analysis for Antimicrobial Activities of Tryptanthrin Derivatives Using Quantum Chemical Calculations, J. Comput. Chem. Jpn, 12, (2013), in press.
○デンドリマー型抗菌活性物質の開発
 近年、表面の特性や立体構造,末端官能基のジオメトリーを制御できるデンドリマーの特徴を利用した、デンドリマーを医薬として利用することを検討されています。低分子化合物や通常の高分子と異なり、デンドリマーでは、立体的に制御された位置において、多点での相互作用を生体細胞や細菌、ウイルスと行うことができ、新しい薬理効果やより高い薬理効果が得られる可能性があります1)。デンドリマーを用いることによって、従来の医薬とは異なるナノ医薬という新しい概念が生まれつつあり、このようなコンセプトに基づき、デンドリマーを用いた抗ウイルス剤や抗菌剤などの生理活性をもつデンドリマーの開発を目指しています。

1) 青井,柿本 監修,「デンドリティック高分子 多分岐構造が拡げる高機能化の世界」,NTS,p. 364 (2005).
○新規な含窒素硫黄複素環化合物による抗菌活性物質の開発
新規な抗菌活性物質の開発を目指し、抗菌活性が期待できる含窒素硫黄複素環化合物の合成を行っています。



 

8-ヒドロキシキノリン-ベンゾチアゾール誘導体のMRSAに対する抗菌活性試験
Control (写真左 左のシャーレ)
0.5mg/ml(写真左 右のシャーレ)
3.0mg/ml(写真右のシャーレ):菌の発育を阻止
MRSA 1.0×106 CFU/ml
 例えば、当研究室で合成した8-ヒドロキシキノリン-ベンゾチアゾール誘導体(上図)は、MRSAに対して最小発育阻止濃度(MIC) 3.0mg/mlで抗菌活性を示しました。現在、より高活性な抗菌活性物質の開発を目指し、研究を進めています。 (*抗菌活性試験は、弘前大学大学院医学研究科中根明夫研究室(感染生体防御学講座)との共同研究)

「コンピュータシミュレーション化学に関する研究」
 一昔前までは、実験化学者にとって遠い存在だった計算化学も、現在では、誰もがパソコンを用いて容易に行うことのできる時代となりました。そこで、計算化学的手法を積極的に取り入れて研究を進めています。計算化学を用いて分子の構造を解析(コンピュータシミュレーション)することで、反応性や機能性を推測・予測することが可能となり、新しい理論を見出すことも期待できます。
○蛍光物質の発光メカニズムについての理論的研究
 有機化合物と金属イオンの相互作用による発光・消光のメカニズムや、置換基を変えるなどの僅かな構造的違いによる発光・消光のメカニズムについて、計算化学的手法により調べています。

 

分子軌道計算により得られたN-エチル1-ナフトエ酸アミド-Mg2+
最安定配座(左)と紫外可視吸収スペクトル(右)
(*宮本量研究室との共同研究)
J. Kawakami, R. Miyamoto et al.,J. Photochem. Photobiol. A: Chemistry, 146, 163-168 (2002).

○有機化合物の3次元モデリングに関する研究
 NMRなどの実験結果と計算化学を併用して、有機化合物の3次元構造を調べています。

マンソン裂頭条虫より単離した珍しい糖鎖構造をもつスフィンゴ糖脂質 SEGLxについて理論計算(MM2, AM1, Amber)により求めた安定配座
(*麻布大北里大との共同研究)
J. Kawakami, Y. Kawakami et al., Glycoconjugate Journal, 15, 107-113 (1998). 

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