「猿倉岳中腹*で樹木が強風によって被害を受けている。その状況は異常で、太い幹や枝が100m近く吹き飛ばされている。今回だけではなく、1994年にも同じようなことが起こっている」
という報告を受けた。被害が起こったと思われる期間は4月23日以前数日で23日朝に寒冷前線が通過している。(発見日4月23日、報告日4月24日。)
久末氏は、非常に局所的(半径100m程度)に被害が限定されているため、例えばダウンバーストのような風が吹いたのではないかと考え、もしそうならば、被害領域は春先の山スキーのコース上であり、登山道にも近いことから、登山者に注意を出すことを希望している。
なお、現場付近では1994年にも同じようなことが起こっているそうだ。
猿倉岳*: 40deg 36.7'N, 140deg 53.5'E, 1353.6mASL(山頂), 現場は山頂より約300m東方で標高1200m付近.
1/25,000地形図で見ると, 山頂付近の斜度30度, 現場付近20度, 斜面平均斜度は24度.
2. 現地調査
現地調査を2000年4月29日に行ったので、調査結果の概要をここにまとめた。
2.1 現場の地形
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図1 のように、猿倉岳は八甲田山系の東側に位置しており、被害地域は猿倉岳の比較的緩やかな東南東斜面に位置している。
被害地点は2つの稜線に囲まれた平均斜度10度程度の斜面上である。
国土地理院の数値地図50mメッシュ(日本II)を使用
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図2(a) の横線で囲まれた領域で被害が起きている。
また、斜面は図2(b)のように階段状になっている。
図2(a) の新しく発見された領域の中でも、違う時期に起こったと思われる被害も存在した。
注: 発見者の久末氏より、過去の倒木発見情報に誤りがあるとの指摘
を受けたので、図2(a)は一旦掲載を取りやめています。
(過去に樹木被害があったことには間違いありません。)
2.2 目立った残存被害樹木
調査日の前に積雪があり、積雪の下に被害樹木がある可能性もあるが、調査日に発見でき目立った新しいものだけをここに挙げる。
吹き飛ばされた樹体は全て斜面下方向へ落下している。
実際にはここに挙げるもの以外にも被害を受けた樹体は存在し、折れ口から見てかなり古いものもあり、現象は複数回有ったものと思われる。
3. 風以外に考えられる要因と否定理由
[1] 図2(a)過去にあった被害地(右)(以下<古右>).
[2] 新しい被害地周辺.木の下方の枝が無くなっている.
[3] 斜面下方向.すっぽり開けているのは沼地.94年7月22日にはここで太いアオモリトドマツの幹を発見.
[4] 新しい被害地(以下<新>).倒れる木と倒れない木が存在.
[5] <新>他の折れた木.
[6] 上と同じ.
[7] <新> 左は枝が飛んだダケカンバ.
[8] <新> 他の被害樹.新しく見つかった被害地に近いが、傷は古い.
[9] <新> 比較的急な斜面下にアオモリトドマツの幹を発見.
[10] <新> 上から見ると、他にも飛ばされた枝などが縦方向に散乱している.
[11] <新> 他の幹
[12] <新> 落下していたアオモリトドマツの幹の断面は新しい.断面が下になっていたので何とかひっくり返す.
[13] <新> 散乱した枝.
[14] 斜面下方から稜線をのぞむ.
[15] 落下している枝や幹の方向は比較的一定.
[16] 同上.
[17] 同上
[18] <新> [9]を遠くから.
上空からの航空写真をデーリー東北新聞社に打診中.
5. 飛んだ物体より推測される風速 New
[PDF (13k)] [GIF (9k)]
Fujita and Wakimoto(1981, Mon. Wea. Rev.) を元に、物体が放物線を描いて飛んだことを想定してし、かつ現場が斜面上にある事を考慮して風速を推定した。この推定値が本当ならば、かなり強い風が吹いたことになる。Initial
Angleは物体が飛び上がった初期角度を表す。風速の推定はこの角度と、物体の重さでかなり異なる。第1回調査時では物体の重さに不正確さが含まれるため、枝の切れ端等を用いて5月18日に物体の密度を測定した。
防衛大学校の小林文明先生に上記文献を教えていただきました。ありがとうございます。
6. 被害が発生したと思われる時期の気象データ
図3(a) [PDF (63k)] [GIF
(19k)] 付近の気象4要素
上から八甲田の西方に位置する「黒石」、八甲田山山岳域内西の「酸ヶ湯」、八甲田の東方に位置する「十和田」。
青の棒グラフが降水、黒い線と十字は風速・風向、黄色の線は気温、赤の棒グラフは日照時間。(時別値)
緑色の縦線は、寒冷前線が通過したと思われる時間を示す。
降水や風向きの変化は21-22日が顕著であるが、23日午前中にも降水がある。最寄りの酸ヶ湯で全般的に風は5m/s程度。
AMeDASの10分値も見てみたい。
図3(b) [PDF (43k)] [GIF
(16k)] 降水量分布
グラフの上下はおおよそ北南に対応。各グラフ内の色は西が赤、経度が近いところが黒、東を青としている。
図3(c) [PDF (58k)] [GIF
(21k)] 風向風速分布
図3(b)とは観測地点群が異なる。十字が風向、実線が風速を示す。
八甲田ロープウェー(北八甲田西寄りの田茂萢岳山頂付近(1324mASL))の風向風速計記録
日付 | 時刻 | 平均風速(m/s) | 瞬間最大風速(m/s) | 風向 |
4/22 | 9:00-24:00 | 6-8 | 約14 | 西 -> 南西 |
4/23 | 1:30-5:00 | 4 まで減速 | 4 まで減速 | 南西 -> 南 |
4/23 | 5:30-11:00 | 10-12 | 14-19 | 南 -> 南西 |
4/23 | 11:00-20:30 | 6 まで徐々に減速 | 8 まで徐々に減速 | 南西 |
# 風向風速計は故障中につき代替品[全体,
ズーム]で、風速が3-4m/s程度弱く出るそうです。(どの位の風速でかは不明,
表中は補正無し)
# この地点は山頂付近という事もあり、20m/sの風は時々吹くそうなので極端に強い風だったわけではない。
観測点配置図: PDF (150k), GIF
(91k) コンターは標高500m毎, 4要素観測点は白抜き丸, 降水量のみ観測点は黒三角.
31466黒石: 40deg 38.7'N, 140 deg35.2'E, 40mASL
31482酸ヶ湯: 40deg 38.7'N, 140deg 51.2'E, 920mASL
31586十和田: 40deg 35.6'N, 141deg 15.1'E, 42mASL
このページを見た方から頂いたコメント[実際には現場をご覧になっていません]
下館市の例
(気象研究所)
同研究所の赤枝健治氏からも「ダウンバーストの可能性はある」とのコメントをいただきました。
下北半島の屏風山や北八甲田雛岳でも同様の現象が発見される (石田は現場を見ていません)
他
デーリー東北新聞社(八戸-十和田), 朝日新聞社, 読売新聞社, 共同通信,
青森放送, 毎日新聞社, 河北新報社, 東奥日報社 (およその問い合わせ順) 等から問い合わせや取材がありました。
以上の観察結果から、樹体が運ばれたのは強い風による可能性が高いと思われます。
いずれにしても、木の枝や幹などが100m程度移動した激しい現象が起きているので、
少なくともこの山の登山者には注意を促したいと考えています。