Si 2p内殻準位光電子分光によるシリコン初期酸化過程

Si 2p内殻準位光電子分光によるシリコン初期酸化過程


Si(100)初期熱酸化膜のSi 2p内殻準位スペクトル

 半導体デバイスの高集積化・高微細化を進めるために、半導体表面化学反応過程を、 原子レベルで制御・評価することが近年重要となってきている。内殻準位化学シフトの リアルタイム・モニタリング光電子分光はそのための有力な実験手段である。内殻準位化学 シフトのリアルタイム・モニタリング光電子分光法は表面反応分析法として以下のような特徴を持つ。
  1. 薄膜中や表面上の元素組成分析
  2. 高表面感度、表面感度の可変性
    励起光エネルギーや光電子検出角度を変えることにより、表面感度を変えた測定ができ、薄膜中 の元素の深さ分布を解析できる。
  3. 化学結合状態の解析
    内殻準位スペクトルの化学シフト成分を解析することにより、結合原子の種類、配位数、結合状態などがわかる。

図1は酸素による熱酸化膜のSi2p内殻準位スペクトルで、酸化温度が600℃と700℃である。 酸化膜厚は約5オングストローグである。最小二乗法によるピークフィッティングを行った結果を 実線で示しており、バルク以外に4つの化学シフト成分で構成されていることが分かる。すなわち バルク成分(Si)、3つのサブオキサイド成分(Si1+、Si2+、 Si3+)、SiO2成分(Si4+)である。それぞれの成分は図2に示すように、酸素との 結合数の違いによって生じたものである。

図1 Si2p内殻準位スペクトル。励起光のエネルギーは135eV。

図2 酸化モデル。

酸化中のリアルタイム測定

酸化速度の時間変化を調べるために、光電子の検出エネルギーをSi4+に固定し、酸化中にリアルタイムで 測定した結果を図3に示す。横軸は酸素暴露量の対数スケールで、縦軸が光電子強度である。様々な酸化温度の 結果を示してある。明らかに二つのグループに分けられる。一つは500から640℃までの低温領域で、 はほぼ同一の曲線になっており、温度依存性は無い。もう一つは650℃以上の高温領域で、わずかな温度の違いで 酸化の開始位置が大きく変化している。より細かく時間変化を見るために、低温領域と高温領域での代表的として それぞれ580℃と720℃の時間変化を、横軸に暴露時間をとって図4に示した。いくつかの酸素 圧力の結果を同時にプロットしている。

図3 様々な温度での酸化速度の暴露量依存性。

図4 580℃と720℃での酸化速度の時間変化。
低温領域と高温領域を比較すると、両者の酸化速度変化の曲線はその形が大きく異なる。すなわち低温領域では 酸素導入直後に酸化速度が最大になっているのに対し、高温領域では酸素を導入してから酸化が実際に起こるまでに 時間を要する点(インキュベーションタイムの存在)である。

低温領域での酸化曲線のフィッティング

低温領域の酸化曲線は、酸化速度が未反応のSi表面積に比例する、いわゆるラングミュア型の吸着様式で よく記述できる。

ここでα は酸素の付着係数、P は酸素圧力、θ は酸化膜被服率、 は吸着反 応次数である。最小二乗法によるフィッティングの結果(図4の実線)、n =1であり1次のラングミュア反応であることが 分かった。

高温領域でのエッチング反応と酸化反応モデル

図4で観測された、高温領域でのインキュベーションタイムの存在とその大きな温度異存は酸化膜のエッチング反応 が関係していると考えられる。そこで酸化の途中で酸素の供給を止め、その後の時間変化を測定した(図5)。 酸化温度600℃では、酸素供給停止後強度の変化は停止している。一方720℃では酸素供給停止後急速に強度が 減少し、酸化膜が消失していることが分かる。これは720℃という高温のため酸化膜の分解反応が生じエッチングさ れたためと考えられる。
 これら結果からそれぞれの温度領域で以下のような酸化反応モデルを提案案する(図6)。650℃以下の 低温領域では酸化はラングミュア吸着で酸化は表面でランダムの生ずる。650℃以上の高温領域では小さい 酸化核が酸化初期に存在するがそれはエッチング反応のために容易に表面から脱離しやすい。そして臨界サイ ズ以上に生き残った核のみがインキュベーションタイム後急速に成長する。このような反応を2次元核成長 様式と呼ぶ。

図5 酸素導入停止による酸化曲線の変化。(a)低温領域の600℃(b)高温領域の720℃

図6 低温領域と高温領域の酸化反応モデル。

ドライ酸化とウェット酸化の違い

図7はウェット酸化(左)とドライ酸化(右)による酸化膜のSi2p内殻準位スペクトルである。ドライ酸化の場合、 室温でもかなりの量の酸化膜成分が見られるが、ウェット酸化の場合は室温では2eV以上にほとんど構造は 見らない。300℃においても室温とほとんど変わりなく、400℃以上でようやくSi4+成分が現われ 始める。一方、バルク付近でも400℃以下の低温で酸素と水の場合で明らかに違いが分かる。ドライ酸化ではそ れぞれの スピン分裂による1/2(矢印B)と3/2(矢印A)の成分強度比が約1:2なのに対しウェット酸化では1/2成分が大 きく2つの ピークの谷も埋まっている。このことからバルクピークの近辺に新たな成分が存在することが予想される。 これまでの文献により、これは水から解離吸着したSi-H結合による成分と考えられる。さらに高温側では、 バルク付近は酸素と水でほとんど同じ形状になるが、Si4+成分は同じ温度で比べたときやはり ウェット酸化のほうが小さいことがわかる。
 図8は最小二乗法によりフィッティングを行った結果の代表的なスペクトルを示してある。ウェット酸化 の室温ではSi-H(青実線)Si-OH(赤実線)による2成分しかなく、表面ダングリングボンドでの水の解離吸着以外、 生じていないことが分かる。一方、ドライ酸化ではかなりのシリコンダイオキサイド成分が見られる。 400℃では、水素成分はかなり減り、結合エネルギーは深い方に僅かにシフトしている。600℃になると、 Si4+がかなり形成され、Si-H成分はほとんど消滅している。

図7 ウェット酸化とドライ酸化による酸化膜のSi2p内殻準位スペクトル。励起光のエネルギーは135eV。

図8 図7のスペクトルをフィッティングした結果の代表スペクトル。
 Si-H成分の強度とピーク位置をまとめたのが図9である。黒丸が強度で、赤丸がピークシフト量である。 強度は温度とともに減少し550℃付近で一定になっている。これ以上で完全に0にはなっていないが、これは 酸化後、水の排気中に表面に付着したものと考えている。一方、エネルギー位置は温度とともに増加し、 そのシフト量は最大0.27eVある。
 酸化速度の違いを示すため、温度に対するSi4+成分強度を図10に示す。黒丸が水によるもの、 赤丸が酸素によるものである。酸素に比べ、水では500℃付近から急激に酸化速度が落ちているのが分かる。 この急激な減少はこれまでの結果を考えると、表面水素によって酸化が抑制効果されるためと考えられる。 高温側では大幅な酸化速度の変化はないが、それでも酸素に比べ酸化速度は1/2以下である。

図9 Si-H成分強度(黒丸)とエネルギーシフト(赤丸)の酸化温度依存性。

図10 ドライ酸化(赤丸)とウェット酸化(黒丸)のSi4+強度の酸化温度依存性。
 以上の結果から、酸化の反応素過程を考察する。図11はその反応モデルで、Si(100)表面では ダイマー構造になっており、これが水分子と反応すると酸化はまず水分子が表面ダングリングボンド上で 水素と水酸基に解離吸着することから始まる。。室温ではこの状態で止まるが、温度を上げ ていくと水酸基から生じた酸素原子がSi−Siボンドに入り込み、酸化が生ずると考えられる。しかし2つ のダングリングボンドは水素で終端され表面全体が覆われると、酸化がさらに進行する ためには水素の脱離反応が必要である。即ち低温領域での酸化は水素脱離反応によって律速 されていると考えられる。Si-H成分が温度とともにシフトすることを前に示したが、これは水素と1個結合した monohydrideシリコンと水素が2個結合したdihydrideシリコンの違いを反映したものと考えている。 一方ドライ酸化では、水の場合のよう なダングリングボンドによる解離吸着過程を必要とせず、直接Si−Siボンドに入り込めるため、室温でもかな りのSi4+成分が生じえるものと考える。
 図12は下が室温で水を暴露したもの、上がこの表面にさらに室温で酸素を暴露したものである。 今述べた通り、水では水素と水酸基の解離吸着で反応は止まるが、酸素は表面にダングリングボン ドがないにもかかわらず、さらに酸化が進行していることが分かる。

図11 ウェット酸化の反応モデル。

図12 室温で水を暴露させた表面(下)とこの表面にさらに酸素を暴露させた表面(上)のSi2p内殻準位 スペクトル。