十勝風の発生機構

このページは、 弘前大学理工学部月刊ホームページ(2003年10月号/寒地気象実験室)用に製作されたものです。

寒冷地においては、低温・降雪のみならず風による生活障害も問題の一つです。 今回は、初冬と晩冬に十勝平野で地形の影響により吹く「十勝風」 の要因について、 蓬田君@地球環境学科大気水圏環境学講座大気海洋物理学分野 が卒業研究で行った内容についてにまとめてもらいました。


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局地風とは?

水平スケール数km〜100kmの限られた範囲で吹く地域特有の風を局地風と呼びます。 要因別に、

が挙げられます。 地形の影響を受ける風として日本では、 広戸風(岡山県)・やまじ風(愛媛県)・清川だし(山形県)などが知られています。 局地風は、時には暴風となって災害を引き起こしたり環境汚染物質を輸送するなどの被害をもたらすことがあります。 一方で、最近は風力発電に利用される場合が増えてきており、 局地風への関心は今後ますます高まっていくものと思われます。

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十勝周辺の地形とデータ

Map of Tokachi plain 十勝周辺の地形は図1のとおりです。 十勝平野の中央部に中心都市の帯広があります。 十勝風の解析に使用したデータは、 十勝周辺のアメダス(地上気象観測網)データと 札幌のレーウィンゾンデ観測データ、 いずれも1992〜2001年の10年間分のデータです。 図1にはアメダス観測点の地点名とその標高も示しました。

図1: 十勝平野周辺の地形(標高)とアメダス観測点の配置

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十勝風

十勝風は、一般には「おろし風」と呼ばれる局地風です。 おろし風は山岳を越えて斜面をおりてくる風のことで、 他に、関東からっ風・六甲おろしなどがあります。 十勝平野(写真)では、 4月頃に畑に植え付けを終えたばかりのビートの苗が強風で吹き飛ばされるなどの農業被害が報告されています。

Picture of Tokachi plain
写真: 十勝平野の様子
防風林が点在している

十勝風の季節変化

図2は、帯広の日最大瞬間風速が15〜20m/sの日数および20m/s以上の日数 (10年間の平均値)を月別に示したものです。 強風は10月から5月にかけて多く発生して、夏季には少ないことがわかります。 また真冬(1〜2月)よりも初冬(11〜12月)および初春(3〜4月)のほうが強風の発生日数が多くなっています。

Max. wind speed freq.
図2: 帯広の日最大瞬間風速が15m/s以上の月別発生日数 (1992〜2001年の平均)

図3は、帯広の日平均風速が5〜6m/sの日数および6m/s以上の日数 (10年間の合計値)を月別に示したものです。 この図からも図2とほぼ同じことが言えます。 さらに日平均風速が6m/s以上の日数は4月が特に多く(10日)なっています。

Mean wind speed freq.
図3: 帯広の日平均風速が5m/s以上の月別発生日数 (1992〜2001年の平均)

図4は、強風の特に多かった4月の日平均風速の頻度分布(10年間分)です。 これをもとに、本研究では以後、日平均風速が5m/s以上の時(18日間)を強い十勝風の日、 3〜5m/sの時(67日間)を弱い十勝風の日、0〜3m/sの時(216日間)を十勝風が吹かなかった日として解析を行っていきます。

Wind speed of April
図4: 帯広の日平均風速が5m/s以上の月別発生日数 (1992〜2001年の平均)

十勝風の日変化

十勝風の風速の日変化を図5に示しました。 風速は深夜1時に最弱、日の出以降に加速、 昼間13時に最強になってその後減速しています。 十勝風にははっきりとした日変化があり、昼間に強くなるようです。

Diurnal change of wind speed
図5: 十勝風が強い日における帯広の風速日変化(18日間の平均値)

また、図6はこの時の十勝平野全体の風況です。 十勝風は北西風であり平野全体に発散しながら強まっています。 これらの図から、十勝風は十勝平野一帯で日中に強まっていることがわかります。

Wind map of Tokachi plain
図6: 十勝風が強い日における十勝平野の風分布(18日間の平均値)
a)01時, b)07時, c)13時, d)19時

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十勝風の発生要因

日照時間による考察

十勝風が昼間に強くなる原因として、まず日射の影響を考えました。 図7は、帯広と幾寅(風上側の山麓(図1参照)) の日照時間の日変化を風速別に示したものです。 日中の日照時間は、十勝風が吹かなかった日(0〜3m/s)は帯広と幾寅ともに30分/時間ですが、 強い十勝風の日には、帯広は45分/時間であるのに対して 幾寅は15分/時間と極端に少なくなっています。 十勝風が吹く時には、 風上側の山岳部で雲がかかっているが十勝平野上では晴天となっているようです。

Diurnal change of sunshine duration
図7: 帯広および幾寅の1時間あたりの日照時間の日変化

気温による考察

帯広と幾寅の気温の日変化を図8に示しました。 図は午前1時の気温を基準(0)にしてあります。 風が強い場合ほど、日中の気温の上昇が小さくてその分だけ晩の気温低下が著しくなっています。 これは、強い十勝風の日には十勝平野周辺に寒気が流れ込んでいることを示しています。 また強風時には、平野部の帯広(38m)よりも山麓部の幾寅(350m)で日中の気温上昇が著しく鈍っていますが、 これは図7で示した日照時間の差による影響が考えられます。

Diurnal change of air temp.
図8: 帯広および幾寅の気温の日変化 (1時の気温からの偏差)

帯広と幾寅の気温差による考察

図7・8から、強い十勝風の日には、 帯広での強い日射が上空(山岳部)との気温差を大きくしているものと考えられます。 そこで、帯広と幾寅(標高差312m)の気温差の日変化を図9に示しました。 図には気温減率1.0[℃/100m]の直線を引きました。 これは高度が100m上昇するごとに気温が1.0℃減少するという意味です。 このような場合、大気の状態は非常に不安定で、対流により鉛直方向に大気がかき回されます。 つまり図中の1.0[℃/100m]のラインを目安にして、 これより上域(気温差大)では対流活動がより盛んになることが予想されます。 よって、強い十勝風の日には対流が発生しているものと考えられます。

Diurnal change of air temp. deviation between Obihiro and Ikutora
図9: 帯広および幾寅の気温差の日変化

天気概況による考察

図10は、帯広の日平均風速が解析期間10年間のうちで最も大きかった日の午前9時の地上天気図です。 西高東低の典型的な冬型の気圧配置となっています。 北海道東方に発達した低気圧があり、 北海道(札幌・根室)では低気圧に吹き込むように強い北西風が観測されています。 強い十勝風の日(18日間)の殆どはこのような気圧配置でした。

Weather map on April 24, 1997
図10: 1997年4月24日午前9時の天気図
当日、帯広の日平均風速は7.9m/sと1992〜2001年のうちで最も強かった。

次に、札幌の高層気象データをもとにして、十勝風と上空の風との関係を調べました。 図11によると、強い十勝風の日には上空1000mでの風向はほぼ西〜北であり 風速も比較的強いことがわかります。 以上のことから、十勝風が吹く日には北海道上空で強い北西風が卓越していることがわかります。

Relation between wind of Obihiro and that of Sapporo(1000mASL)
図11: 帯広の日平均風速と札幌上空1000mにおける風向風速との関係
●: 札幌上空で西〜北よりの風、○: それ以外の風向

積雪による効果についての考察

ここでは、十勝風が冬型の気圧配置が多くなる真冬(1〜2月)よりも 初冬(11〜12月)と初春(3〜4月)に強まる理由について考えます。 原因として、真冬時の積雪が日射による熱対流を弱めていることが予想されます。 図12は、帯広の昼間の平均風速と帯広と幾寅の気温差との関係を、 両地点の積雪の有無別にして示しました。 これによると、幾寅のみが積雪で覆われている場合(●印)のほうが、 両地点が積雪に覆われている場合(○印)よりも気温差が若干大きいことがわかります。 よって、十勝平野に積雪がある真冬には、平野の日中の気温上昇が抑制されて対流活動が抑えられ、 その結果、十勝風の発生頻度が減少しているものと考えられます。

Relation between wind of Obihiro and
 air-temp. dev. between Obihiro and Ikutora
図12: 帯広の12-14時の平均風速と帯広─幾寅の気温差との関係 (1992.1.-2001-5, 風向: 西-北のみ)
●: 幾寅のみ積雪あり、○: 幾寅・帯広とも積雪あり

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まとめ

本研究では「十勝風」の特徴として新たに次のことが明確になりました。

また、発生時の傾向としては次のことを発見しました。

  1. 気圧配置が冬型であること。
  2. 上空で北西風が強いこと。
  3. 十勝平野に日中に寒気が流れ込んでいること。
  4. 十勝平野で日中に熱対流が発生していること。

以上のことから十勝風は、 上空の強い北西風が十勝平野上の日射による熱対流によって 地上におろされることで発生しているものと考えられます。 3. の寒気の流入は、熱対流が上空の北西風とともに寒気をおろしてくるためだと思われます。 また、本研究では新たに、局地風の発生に関して日射による熱対流の影響が 大きく関与している可能性があることもわかりました。 現在はこのような視点から関東からっ風や日本海沿岸のフェーン現象などの局地風について調査を進めています。

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