表は過去に青森県とその付近で発生した主な被害地震をまとめたものです。 また、図には主な地震の震央と活断層の分布を示しました。
最近の地震活動と比較して考えると、 青森県東方沖の地震はプレートの沈み込みに伴うやや深い地震、 県西部の津軽地方の地震は地殻内の浅い地震と考えられます。 津軽地方では18世紀に被害地震が頻発しました。 1704年の地震では山崩れが起こり、岩崎村の一二湖がつくられました。 1793年の地震では海岸が隆起し、深浦町の千畳敷となりました。 このように青森県西海岸の観光地は 地震と深い関係があります。 津軽地方で最大の被害地震は1766年の地震で、 死者は1500人以上にも及びました。 津軽地方内陸では最近大地震は発生していませんが、 過去にはこのような地震があったことを忘れてはなりません。
| 日本歴 | 西暦 | 緯度 (度N) |
経度 (度E) |
M | 「地震名」, 震央, (主災地) |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 月 | 日 | 年 | 月 | 日 | |||||
| 寛文7 | 7 | 3 | 1667 | 8 | 22 | 40.6 | 141.6 | 6.0〜6.4 | (八戸) | |
| 元禄7 | 5 | 27 | 1694 | 6 | 19 | 40.2 | 140.1 | 7.0 | (羽後・津軽) | |
| 宝永元 | 4 | 24 | 1704 | 5 | 27 | 40.4 | 140.0 | 7.0±0.25 | (津軽・能代) | |
| 元文4 | 7 | 12 | 1739 | 8 | 16 | (青森・八戸) | ||||
| 寛保元 | 7 | 18 | 1741 | 8 | 28 | 41.6 | 139 | 6.9? | (津軽・江差) 大島噴火, 津波あり |
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| 宝歴12 | 12 | 16 | 1762 | 1 | 29 | 41.0 | 142.2 | 7.4 | (八戸・陸中) | |
| 宝歴13 | 1 | 27 | 1763 | 3 | 11 | 41.0 | 142.2 | 7.4 | 八戸 | |
| 明和3 | 1 | 28 | 1766 | 3 | 8 | 40.7 | 140.5 | 7.2〜7.3 | 明和津軽大地震 | |
| 寛政4 | 12 | 28 | 1793 | 2 | 8 | 40.85 | 139.95 | 6.9〜7.1 | 津軽西海岸, (鯵ヶ沢) | |
| 弘化4 | 12 | 8 | 1848 | 1 | 13 | 40.7 | 140.6 | 6.0±0.2 | 黒石付近 | |
| 安政3 | 7 | 23 | 1856 | 8 | 23 | 41.0 | 124 1/4 | 7.5〜8.0 | 十勝沖, (三陸・松前) | |
| 明治34 | 8 | 10 | 1901 | 8 | 10 | 40.6 | 142.3 | 7.4 | 青森県東方沖, (八戸) | |
| 昭和6 | 3 | 9 | 1931 | 3 | 9 | 41.2 | 142.5 | 7.6 | 青森県東方沖 | |
| 昭和8 | 3 | 3 | 1933 | 3 | 3 | 39.1 | 144.7 | 8.3 | 「三陸地震津波」 | |
| 昭和20 | 2 | 10 | 1945 | 2 | 10 | 40.9 | 142.1 | 7.3 | 青森県東方沖 | |
| 昭和27 | 3 | 4 | 1952 | 3 | 4 | 42.2 | 143.9 | 8.1 | 「十勝沖地震」 | |
| 昭和39 | 5 | 7 | 1964 | 5 | 7 | 40.3 | 139.0 | 6.9 | 男鹿半島沖 | |
| 昭和43 | 5 | 16 | 1968 | 5 | 16 | 40.7 | 143.6 | 7.9 | 「1968年十勝沖地震」 | |
| 昭和58 | 5 | 26 | 1983 | 5 | 26 | 40.4 | 139.1 | 7.7 | 「1983年日本海中部地震」 | |
| 平成6 | 12 | 28 | 1994 | 12 | 28 | 40.4 | 143.7 | 7.5 | 「平成6年三陸はるか沖地震」 | |
1983年5月26日、青森県・秋田県沖の日本海で マグニチュード(M)7.7の大地震が発生し、 津波や地盤の液状化などで大きな被害をもたらしました。 下の図に 理工学部付属地震火山観測所 で観測された余震の震央分布図を示します。 余震の分布域は本震の断層が動いた領域を表すと考えられていますので、 本震の断層の長さは100km余りで幅が40km程度であることがわかりました。 他機関の記録も含めて解析した結果、 この地震では2つの断層運動があり、 はじめに秋田県沖から北北東に向かって伝わり、 久六島の西方で10秒ほど停止した後、 西北西に向きを変えて再び北へ伝播したことがわかりました。
日本海中部地震から10年後の1993年7月12日、 北海道の西方海底を震源とするM=7.8の大地震が発生しました。 この地震の断層は奥尻島のすぐ西にあったため、 奥尻島は地震直後の大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けました。 この断層の余震分布も日本海中部地震と同様に、 途中で折れ曲がりながら南北に細長く伸びています。 しかし、断層の傾斜方向が場所によって変化している点は 日本海中部地震とは異っています。