Prologue
気象レーダーは、マイクロ波を用いて降水分布を計測する、気象学や気象予報に不可欠の観測機器です。
気象レーダーを衛星に搭載して宇宙から降水を観測すれば,
海陸を問わず観測できるなど大変有用であることはわかっていましたが、
従来の気象レーダーは、重量が大きく電力を多量に要するため、長い間これは夢でしかありませんでした。
日本の技術で、省電力型の衛星搭載用レーダーが開発され、
これを搭載した衛星が1997年末に種子島より打ち上げられ、宇宙からの降雨観測が始まりました。
これがTRMM(Tropical Rainfall Measuring Mission;熱帯降雨観測衛星) です。
画期的なTRMM観測データにより、数多くの発見がなされつつあります。
私たちも、弘前大学とJAXA(宇宙航空研究開発機構)との共同研究として、
また、TRMMの研究を本格的に行う国内でも数少ない大学の研究室として、様々な発見的研究を行ってきました。
学生さんと共に行ってきた研究成果の一部をご紹介します。
目次(各章にジャンプします)
1.TRMMに搭載された観測機器
2.TRMMで観測された台風の眼
3.TRMMで観測された太平洋上の冬季雷
4.衛星搭載降水レーダー観測の将来(研究へのいざない)
5.LINK集(TRMMについてもっと知りたい方のために)
出口
月刊ホームぺージへ
大気水圏環境学講座のHPへ
児玉安正のHPへ
1.TRMMに搭載された観測機器
PR(降雨レーダー):降水の三次元分布を計測するレーダーです
原理:衛星に搭載されたレーダーから、下に向けてマイクロ波のパルスを発射します。このパルスは光速で直進し、大気中の雨粒や雪粒等の降水粒子、および地表面で散乱され、その一部がレーダーに戻ってきます(後方散乱といいます)。後方散乱の強さから、降水粒子の大きさや体積あたりの個数が、パルスが戻ってくるまでの時間から降水粒子の存在する高さがわかります。マイクロ波は粒径の小さい雲粒ではほとんど散乱しないため、雲の内部の降水粒子の観測ができます。
(本図は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)提供)
これは、気象台などに設置されている地上設置型気象レーダーと同じ原理であり、地上レーダーが降水を横または斜め下から観測するのに対して、上から観測する点が異なる程度です。しかし、地上レーダーは、降水の分布を調べるために、重いパラボラアンテナを高速で回転させてパルスの向きを変化させる必要があります。この操作には多量の電力を使用しますので、このようなレーダーを太陽電池で運用される衛星にそのまま搭載することはできません。
PRでは、アンテナを動かさずにパルスの向きを変えることで電力を節約し、衛星への搭載を実現しました。その方法は、Active Phased Arrayと呼ばれ、原理は次のようなものです。
PRの下面は地表面に受けて衛星に固定されており、その表面に多数のマイクロ波パルス発信機兼受信機が配置されています。パルスの出すタイミングを、下図のように規則的にずらしてやると、多数の発信器から出されたパルスの波面がつながって斜めの平面波ができ、それが矢印の方向に進んでいきます。この方法では、アンテナを動かさないので電力を節約でき、非常に高速にパルスの方向を変えることができます。PRでは、0.6秒に一回の割合で衛星直下から角度±17度の範囲でパルスの方向を変えて計測します。このようにして、衛星の進行方向に沿って幅215kmの範囲の降水分布を計測します。
Active Phased Array の原理 破線はパルスの波面をあらわす
その他の様々な測器
TRMMには、降雨レーダー(PR)の他にも、様々な測器が搭載されていて、一つの降雨システムに対して多くの情報を得ることができます。TMIは、雲粒や地表面などから射出される微弱なマイクロ波を計測する装置、VIRSは、可視光や赤外線を計測する装置で、気象衛星ひまわりでおなじみの雲画像が得られる装置、LISは雷による発光を観測する装置、などです。(本図は宇宙航空研究開発機構(JAXA)提供)
TOPへ
研究成果
2 TRMMで観測された台風の眼
台風は、現地観測の難しい激しい擾乱です。TRMMのような衛星観測がもっとも期待される対象です。海上の台風の最大風速や中心気圧は、Dvorak法と呼ばれる方法を用いて、衛星の雲画像で示される台風の雲の形状から推定されるのが普通です。しかし、雲が上層を覆うとその下の構造が衛星から観測できなくなるため、雲画像から台風の構造を調べることには限界があることも知られていました。
TRMMの降雨レーダーでは、雲の影響を受けずに、その中の降水粒子の分布を知ることができます。そこで、TRMMの降雨レーダーと赤外雲画像で、台風の眼の見え方を比べてみました。
この例のように、大変大きな眼(直径はレーダー画像では〜100km、赤外画像では〜150km)をもった台風が現れることがあります。赤外画像の方が眼が大きく見えることにも注目してください。よく見ると赤外画像の眼の中に背の低い雲域(画像では黒っぽく見える)があり、レーダー画像で見られる眼の周囲の降水は、背の低い雲によりもたらされていたことがわかります。このような、赤外画像で見た眼の方が大きい例はむしろ少数派で、小さい例の方が多数派です。これは、眼が上層の雲で部分的に覆われるため、赤外画像では眼が小さく見えるためと考えられます。
TRMM衛星とは別の衛星であるQuikBird 衛星に搭載されたマイクロ波散乱計(QuikScat)で、海上風速の観測ができます。そこで、この海上風速から得られた最大風速と、TRMMの2つのセンサーでの眼の見え方の関係を、台風の中心付近を2つの衛星が4時間以内の時間差で観測した59ケースについて調べました。その結果、90%近い台風がPR観測で識別できる眼を持っている(図のオレンジ色と緑色)が、赤外画像では1/3程度の台風しか眼がみられない(図のオレンジ色)ことがわかりました。眼の見え方は最大風速と関係があり、弱い台風では眼がレーダーでのみ識別できるものが多く、強い台風では、赤外画像でも眼が識別できるものの割合が増えるといえます。
結論
これまで、台風強度推定にはひまわり等の衛星の可視・赤外雲画像が用いられてきましたが、我々の研究により、レーダー画像から、上層の雲の影響を受けずに、台風の構造、中心位置や強度推定に有用な情報を多く得られることが明らかになりました。
この研究の主要部分は、山田琢哉さんの修士論文(平成13年度)として行われました。
TOPへ
より多くの雲について雷活動を調べるために、冬季の北西太平洋の1ヶ月間のTRMMデータを用いて、多数の降水雲について最大雲頂高度(横軸)、37GHzの最小PCT(縦軸)と、雷発生数との関係を調べてみました。大きな○ほど雷数が多く、灰色の小さな○は雷が観測されなかった降水雲を示します。
260KのPCTを境に、雷が発生する降水雲とそうでない降水雲が明瞭に分離できます。これに対して、雲頂高度が大きい雲で雷が発生しやすい傾向はあるが、図の右上の領域のように、雲頂高度が8km以上でも雷が観測されない雲も多数存在し、雲頂高度の大きな雲は必ずしも雷雲ではないということになります。これに対し、PCTは雷の有無の明瞭な指標となっており、あられの存在と雷活動がよく対応していることがわかります。
結論
この結果を、別の研究者により行われた熱帯の結果と比べてみると、熱帯の雷活動と冬季の北西太平洋では、雲頂高度や気温などに大きな違いがあるが、あられの存在と雷活動の関係が強い等の点では全く同じでした。つまり、冬季雷も、アラレの存在が雷活動にとって重要であるという点で、従来の見方と合致していることが、TRMMデータの解析で確かめられたことになります。
この研究の主要部分は、益田晴菜さんの卒業研究(平成14年度)や川村幸枝さんの修士論文(平成13年度)他として行われました。
TOPへ
4.衛星搭載降水レーダー観測の将来(研究へのいざない)
TRMMは1997年末に打ち上げて以来、平成16年現在6年間以上ほぼ順調に観測を続けていますが、軌道制御のための燃料が残り少なくなり、そろそろ寿命が尽きかけています。そこで現在、GPM(全球降水観測計画)と呼ばれる国際プロジェクトが準備されており、新たに打ち上げられるレーダー搭載衛星では、観測緯度帯を高緯度域まで広げ、レーダーの周波数を複数にして得られる情報を増やすなど、大幅な改良が加えられる予定となっています。現在のTRMMでは、北日本は観測域外となっているのですが、GPMが実現すれば、東北地方の降雪雲なども観測対象に含まれてくるので、いろいろな発見がなされるはずです。
衛星観測に興味のある学生さん。衛星搭載降水レーダーを用いた研究に参加して、いっしょに新発見に挑戦してみませんか。
TOPへ
LINK集 TRMMについてもっと知りたい方へ
TRMMのホームページ
日本(JAXA EORC)
米国(NASA)
GPM(全球降水観測計画)
TRMM台風データベース
謝辞:TRMMの観測データは、NASA(米国)とJAXA/EORCより提供を受けています。石田祐宣さんに一部の図を作っていただきました。
Epilogue
田中さんや小柴先生のノーベル賞受賞は、不況に苦しむ日本にとって明るいニュースでした。どちらも日本の高い科学技術、あるいはそれをScience(自然科学)に生かした研究です。気象学はノーベル賞の対象にはめったにならない分野ですが、人々の生活に役立っているという点では、数値予報の基礎を築く研究など、歴史を振り返れば、ノーベル賞級の成果はいくつかあげられると思います。数値予報で使われる高性能のコンピュータも日本の得意とする分野です(平成16年現在、世界でもっとも高速の計算機は、日本の「地球シミュレーター」です。もちろん国産です)。日本の科学技術は世界に誇るべきもので、理系の研究者は日本の科学技術のことをもっと勉強し、Scienceに生かしていくべきだと思います。
TOPへ