理工学部月刊ホームページ 2006年11月号

青森の雪・日本の雪・世界の雪

                                 寒地気象実験室 力 石 國 男

目次
はじめに(青森の雪
雪が降るメカニズム
日本の雪
世界の雪
地球環境変化と季節積雪

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力石國男
児玉安正
石田祐宣


はじめに(青森の雪)

 わが国には雪国と呼ばれる地方がいくつもあるが,他県の人々から雪国青森はどのようなイメージで見られているのであろうか.おそらくは演歌の影響で岩木山の雪景色や吹雪の津軽平野を連想する人が多いと思われる.科学的にみると,青森の雪は他の地方とは違った特徴を持っている.図1は雪国都市にある主な気象官署について年間降雪量を比較したものである.青森は約8mで全国一であり,秋田・山形・新潟・富山・金沢の2〜3倍もある.津軽平野の都市(五所川原・黒石・弘前)でも年間降雪量が5m前後あり,青森県は平野部での降雪が多いことがわかる.このため,雪と市民生活との関わりは深い.


 図1 北日本の主要都市における年間降雪量(1961〜1990
     年の平均値)

一方,主要都市の冬期平均気温を比較すると(図2),北海道では日最低気温も日最高気温もマイナス,北陸地方では両方ともプラスであるのに対し,青森は日最低気温がマイナスで日最高気温がプラスである.このため積もった雪は昼間に解けやすく,夜間に凍りやすい傾向がある.また雪の降り方はこつこつ型の北海道とドカ雪型の北信越地方(北陸・信州・越後)の中間の性質を示す.積雪期間はおよそ3ヶ月で,4〜5ヶ月続く北海道と1〜2ヶ月の北信越の中間である.このため青森の四季は,雪景色の冬,新緑の春,祭りの夏,紅葉の秋へとほぼ3ヶ月毎に交替する.青森の雪は美しい四季の彩りに欠かせないものである.

 図2 日本海沿岸の気象官署における1,2月の月平均気温(1961〜1990年の平均値)

私たちにとって雪は冬の風物詩であるが,世界的にみると雪国は自然の厳しい高山地方か高緯度地方にあり,日本のように中緯度に豪雪地帯があるのはユニークである.その中で,青森市や津軽平野が,北海道や北信越地方(北陸・信州・越後)と並ぶ,全国有数の豪雪地帯になっているのはなぜだろうか.この講話では青森の雪に対する理解を深めるために,雪が降るメカニズムや日本と世界の雪の降り方の比較について論じ,そして最近の地球環境変化と季節積雪との関係や温暖化時代の豪雪について考える.


雪が降るメカニズム

 雪は,大気中の水蒸気が雪片に変わり,空から降ってきたものである.空 気は水蒸気を含んでいるが,空気が含みうる水蒸気量には限界があり,その量は 気温が高いほど多い.この水蒸気の限界量(圧力で表現)を温度の関数として表 したものを水蒸気飽和曲線と呼ぶ(図3参照).一定量の水蒸気を含んだ空気が 何らかの原因で冷え続けると飽和水蒸気量が減少し,初期の水蒸気量が飽和水蒸 気量より多くなると,過剰な水蒸気が凝結する.気温がプラスの時,過剰水蒸気 は水滴に変わるが,気温がマイナスの時には,過剰水蒸気は雪結晶として成長する場合と水滴に変わる場合がある.後者は過冷却水滴と呼ばれる.しかし過冷却水滴は熱力学的に非常に不安定なので,雪結晶や樹木などの固体に衝突すると瞬時に固体の雲粒に変わる.雪結晶や雲粒は成長するとそれぞれ雪片,アラレとなり,自重で地上に降ってくる.つまり,雪には過剰水蒸気が気体→固体の相変化でできた雪片と,気体→液体→固体の相変化でできたアラレの二種類がある.

            図3 飽和水蒸気圧と温度

 雪結晶が生れて雪片に成長するためには,空気が冷え続けることが必要である.それは空気塊が上昇するときに実現する.上昇気流では,空気塊が気圧の低い上空で周りの空気を押しのけて膨張するため,空気塊内部の熱エネルギーを使って温度が低下するからである.上昇気流は,大別して気象力学的な原因によるものと地形効果によるものがある.前者のタイプには,低気圧に吹き込む気流が作る上昇気流,冷たい気団が暖かい気団を押し上げることによって生じる上昇気流(寒冷前線),暖かい気団が冷たい気団の上に乗り上げることによって生じる上昇気流(温暖前線),夜間に内陸から吹いてくる寒気に海上の暖気が乗り上げることによって生じる上昇気流(沿岸前線)などがある.一方,後者のタイプには,季節風が山脈を越えるときに生じる上昇気流のほかに,V字型(あるは三日月型)の地形で気流が狭められるときに生じる上昇気流,直線状の海岸線・山脈の尾根線に向かって気流が斜めに吹いてくるときに生じる上昇気流,二方向から吹いてくる風が合流するときに生じる上昇気流などがある.

 気象力学的な上昇気流は発生場所を選ばないが,地形性の上昇気流は風と地形の共同作業によって生じるため,発生しやすい場所が限られている.V字型の地形による上昇気流がみられるのは,石狩平野・津軽平野南部・横手盆地・庄内平野・十日町盆地などであり,海岸線に斜めに吹き込む気流による上昇気流がみられるのは,越後平野・富山平野・金沢平野などであり,二方向からの気流による上昇気流がみられるのは上川盆地・青森平野・高田平野などである.いずれも日本の代表的な豪雪地帯となっている.



日本の雪

  雪が降るためには寒気と水蒸気と上昇気流が必要である.日本の場合は,東部シベリア(世界で最も気温が低い地域)から流れ出した寒気(季節風)が日本海上で多量の水蒸気を吸収し,日本列島の地形効果で上昇気流を発生させるため,多量の雪が降る.寒気が海上で多量の水蒸気を供給されても,その先に陸地がなければ,海上に筋状の雪雲が発達するだけで終わってしまう.わが国が中緯度(暖地)にある雪国であるのは,大陸東方に浮かぶ島国であることが要因となっている.

          

         図4 日本の最大積雪深の平年値(若濱,1995
            1:2m以上,2:1〜2m,3:
0.55〜1m,4:0.1.〜0.5m

 図4は年間の最大積雪深の平年値を示している.最大積雪深が1mを超える地域が北海道と本州の山脈西側に見られるが,2mを超える豪雪地帯は北海道よりも北信越地方の方が広い.このことは,降雪量に対する影響は気温よりも地形効果の方が大きいことを示唆している.北海道の山岳地形は,標高の低い山岳(10002000m)が数ヶ所に散在していることに特徴がある.これを反映して北海道の降雪は局地性が強く,広い地域で同時に大雪となることはほとんどない.一方北信越地方の山岳地形は,標高の高い山塊(20003000m)が広い範囲に分布している.このことは,季節風に対する地形の影響がより強いことを示唆しており,図4の最大積雪深の分布に対応しているといえる.


     図5 2005121315時のひまわり赤外画像(高知大学HPより)

 1989年から続いている暖冬少雪傾向のなか,200405年と200506年の冬期は2年連続で大雪となった.とくに200506年冬期は12月中旬〜1月中旬にかけて大雪が波状的に集中的に発生した.図5は200513日の季節風の吹き出しを示している衛星写真である.この豪雪雪害による死傷者も多かったことから,気象庁は平成18年豪雪と命名した.最大積雪深の分布を地域的にみると,新潟県中越地方周辺の中山間地から山間部にかけて非常に多く,北陸地方〜山陰地方でも十数年来の大雪となった.反面,北海道では全体としては平年並みであった.また,同じ新潟県でも,例年雪の少ない新潟市付近の沿岸平野では平年よりも少なく,中越地方の記録的な豪雪と好対照をなしている.最大積雪深にみられる大きな地域差は地形効果の影響がかなり大きかったことを示唆している.実際,個々の降雪事例について気流と降雪量の関係を調べると,強い降雪の地域が気流の変化に伴って移動し,上昇気流が生じやすい地形のところで雪が多く降っていることがわかった.

 季節風の強さと向きは地表付近の気圧配置から推定することができる.過去の冬期の気圧場を調べると,シベリア高気圧の中心位置はあまり変動しないが,アリューシャン低気圧の勢力と中心位置は年による変動が大きい.一般的に北信越地方が豪雪となる年は,シベリア高気圧もアリューシャン低気圧もともに勢力が強く,西高東低の気圧配置が顕著である.しかしアリューシャン低気圧の中心位置や,シベリア高気圧の東方への張り出し方は年によってかなり違っている.それにも拘わらず,日本海上の等圧線分布は常に北信越地方に北西の季節風を吹かせるようになっている.また,三八豪雪や平成18年豪雪などの記録的な豪雪年では寒気が大陸内部から流れ出しているのに対し,豪雪の度合いが弱まるにつれて,寒気の源が沿岸部に移動する(したがって気温がやや高い)傾向がある.

 豪雪年には西高東低の気圧配置が頻繁に現れて冷たい北西の季節風を吹かせる.しかし,なぜシベリア高気圧やアリューシャン低気圧の勢力が年によって変動するのか,なぜ2年連続してこれらの勢力が強かったのかについては,まだ明快な答えが出せない.200512月は上空のジェット気流が極東域で大きく南下し,北極振動指数(大略,中緯度と北極域の気圧差)が大きな負値であったことが豪雪に関係しているという考えがあるが,ジェット気流の南下や北極振動指数の負値は豪雪と同時に発生しているので,両者の因果関係については何もいえない.また,200511月までインド洋の海面水温が非常に高かったことが豪雪の原因である可能性があると指摘されている.これについては,インド洋の海面水温と北日本の豪雪を結びつける物理機構の解明や,豪雪年には常にインド洋の海面水温が高かったのかどうか,インド洋の海面水温が高かった年は常に豪雪年であったかどうかなど,調査すべきことがらが少なくない.


世界の雪

 中緯度にあるのに日本で雪が多いのは,大陸生まれの寒気が流れ込みやすいこと,寒気が日本海上で水蒸気を補給されること,湿った気流が地形効果によって上昇しやすいことの三条件が揃っているためである.これらの条件がひとつでも満たされていない地域では豪雪が降らない.たとえば,東部シベリアのヤクーツク盆地周辺は極域や高山地域を除けば世界で最も寒い地域であるが,厳冬期にはシベリア高気圧の影響下に入り,北極海からの湿った空気が流入しなくなるため雪が降らなくなる.西部シベリアやカナダの極域地方は気温が非常に低く,北極海が海氷で覆われていない時は湿った空気が流れてくるが,広大な平原は気流を上昇させる山岳地形がないので,最大積雪深も60cm程度である(図6参照).

      図6 旧ソビエト連邦の最大積雪深(cm)の分布(力石・榊原,2002

 日本はユーラシア大陸の東方海上に浮かぶ島国であることが雪国の基本的環境を作っている.気象学的には,北西季節風の吹き出しは,東シナ海・黄海・日本海で発生した低気圧が発達しながら東進して日本の東方海上に抜けるとき,西高東低の気圧配置となって生じる.このとき主に日本海側で雪が降る.一方,低気圧が日本の南部を東進するとき,低気圧の東側前方で吹く南東寄りの風によって太平洋沿岸に湿った雪が降ることがある.いずれの場合も,日本付近を東進する低気圧が日本に雪をもたらしているといえる.

 それでは世界のほかの雪国はどのようなメカニズムで雪が降るのだろうか.まずユーラシア大陸では,西側に海洋(大西洋)が横たわっているため,寒気の吹き出しはない.代わって,大西洋北部に現れるアイスランド低気圧の影響が強い.アイスランド低気圧の中心位置は統計学的にはグリーンランド南端〜アイスランド付近にあるが,個々の低気圧は北海・バルト海・北極海からユーラシア大陸深くに進入する.ロシア平原・シベリア平原(北緯60°以北)に雪を降らせるのはこのような移動性低気圧に吹き込む北西寄りの湿った気流である.しかし,東側に中央シベリア高原があるエニセイ川流域を除けば,ロシア平原・シベリア平原には上昇気流を作る地形がないので,降雪量そのものは非常に少ない.高緯度にあるので気温が非常に低く,積もった雪は5〜6月頃まで解けないため,積雪期間は6〜9ヶ月間も続く.
    
 一方,北アメリカ大陸は,西部のアリューシャン低気圧,東部のアリューシャン低気圧,中央部の北極気団/ジェット気流の南下の影響を強く受けている.例えば,アメリカ北西部・カナダ西海岸の降雪は,アリューシャン列島方面から東進してきた低気圧に向けて吹き込む南西よりの風(と山岳地形効果)によるものである.中央部の五大湖東岸の降雪は,ジェット気流の南下に伴う冷たい北西風が湖面から水蒸気を補給され,東岸地形を上昇するために生じる降雪である.東部の大西洋沿岸の降雪は,東海岸に沿って発達しながら移動する低気圧に吹き込む南東寄りの気流(低気圧前面)ないし北西寄りの気流(低気圧後面)とアパラチア山脈の地形効果によるものである.日本の太平洋側の降雪に類似しているが,アメリカ東部沿岸での低気圧の発生頻度はあまり高くない.

 日本の降雪と世界の降雪を低気圧に注目して比較すると,日本の降雪が大陸東方海上で発達しながら東進する低気圧によるものであるのに対し,ユーラシア大陸の降雪はアイスランド低気圧が弱まりながら大陸内部へ進入することによるものである.また北アメリカ大陸の降雪は,西部はアリューシャン低気圧が弱まりながら大陸方面へ東進することによるもの,東部はアメリカ東海岸に沿って発達しながら東進する低気圧によるものである.いずれの場合も地形効果が上昇気流を作るうえで本質的な役割を果たしている.


地球環境変化と季節積雪

 最近の地球環境変化の象徴として,地球の温暖化や,異常気象の多発,雪氷圏の変動がマスメディア等でしばしば報道されている.このうち雪氷圏の変動については,海氷面積の長期的な減少傾向,世界中の山岳氷河の後退傾向,グリーンランドの大陸氷河(氷床)の流動加速などが知られている.北半球の季節積雪についても,最近30年間で降雪時期が約1週間遅くなり,融雪時期が約2週間早まり,積雪期間が約3週間短くなっていることが明らかになってきた(図7参照).なかでも融雪時期の早期化は世界中で発生しており,とくに高山地域(アルプス山脈,ヒマラヤ山脈,チベット高原,ロッキー山脈など)でその割合が大きい.

        図7 北半球の積雪面積の季節変化(力石・橋谷,2002               横軸は9月1日以降の週数.19708090年代を比較
           したもの.

山雪の早期融雪は,その原因も影響も地球環境問題に深く関わっている可能性がある. その影響としては,第一に水資源問題が考えられる.山雪は大気中の水蒸気を固体として長期間保存するものであり,山岳はいわば天然の積雪冷蔵庫である.山雪は春〜夏に解け出して農業用水・生活用水・工業用水として利用されている.しかし早期融雪がさらに進むと,夏場の水供給に支障をきたす事態が予想される.とくにヒマラヤ山脈・チベット高原の積雪は黄河・揚子江・メコン川・イワラジ川・ガンジス川・インダス川などの水源地であり,人口が集積している東南アジアにとって大きな問題になりうる.

 次に早期融雪は地面・地下の水分蒸発を促進して,周辺の乾燥地域を拡大させる恐れがある.とくにチベット高原は砂漠で囲まれているので,砂漠化の進行が早まる恐れがある.また早期融雪によって日射の吸収が早まり,季節進行が早まることが予想される.広大なチベット高原の早期融雪は,対流圏中層(高度50006000m)の熱収支を大きく変えるので,偏西風などの大気循環の季節変化を早める可能性がある.大気循環の季節進行が早まると,地域によってこれまでに経験したことのない気象現象−異常気象−を経験することになる可能性もある.

 早期融雪の原因として,地球温暖化の影響を考えるのは自然である.気温が高ければ高いほど海氷や積雪が融解しやすいことは自明であるからである.しかし,両者の関係が定量的に証明されているわけではない.また,高山地帯ほど融雪の早期化の割合が大きいという観測事実は,温暖化の強さの地域分布と明らかに異なっており,温暖化以外の要因を示唆しているように思える.そのひとつの可能性として,人間活動による大気汚染が雪面を汚し,雪面のアルベド(反射率)を低下させて日射の吸収率を高め,融雪を早めていることが考えられる.大気汚染によるアルベド低下は,北極海の海氷や,グリーンランドの氷床,各地の山岳氷河にも等しく作用するので,最近の急激な雪氷圏の変動を説明できる可能性がある.

  一方,地球が温暖化すると積雪が減り,豪雪も発生しなくなると考えやすい.しかし北日本では,温暖化がいわれているなか,2004/05年〜2005/06年の2年連続で豪雪に見舞われた.われわれはこれをどのように解釈すべきであろうか.図8は青森の18942006年間の冬期(12〜2月)平均気温と冬期最大積雪深を示したものである.最大積雪深は年による変動が激しいが,気温の低い冬は積雪が深く気温の高い冬は積雪が浅い傾向が読みとれる.統計的には気温が1℃高いと最大積雪が30cm減少することがわかる.一方,この百年間で青森の冬期気温はおよそ1℃上昇している.しかし,この間に最大積雪深はほとんど変化しておらず,百年間で30cm減少したわけではない.つまり,気温と積雪深の関係は温暖化の影響を反映していない.このことは,前述したように,積雪の深さは気温だけでは決まらないことを示唆している.また,冬期平均気温は1989年に約2℃ステップ状に上昇して,それ以来暖冬傾向にあったが,しかしその傾向は次第に弱まり,200506年には1970年代以前に戻ったように見える.今後も暖冬傾向が続くかどうかは,しばらく様子をみる必要がある.

これらのことから,積雪深については温暖化の影響よりも年による大気循環の変動(自然のリズム)の影響の方が大きいと結論することができる.したがって,今後も自然のリズムに起因する豪雪がときどき発生することが予想される.自然のリズムと表現されるような大気循環の変動がなぜ生じるのかについては,これからの課題である.

図8 青森の冬期平均気温と最大積雪深の経年変化(1894〜2006年)(力石,2006)



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