5   光化学の目指すところ

 1.これまで光と物質との関わりについて述べました。これらのことから光化学は何をするのだろうか,ということはある程度知ってもらえたことと思います。自然界には興味のあることがらがたくさんあります。まだ分かっていないことも多く残されています。現にこれを書いている今日,ホタルの発光に関することが新聞に報道されました。それによるとホタルの光る色は変化するということがこれまで知られていましたが,その仕組みについては分かっておらず,今回それが明らかにされたというものでした。

 光化学はそれらの興味ある現象を細胞レベルではなく,分子のレベルで,俗な言い方をすれば試験管内で行えることがらに置き換えて考察しようとするといってもいいでしょう。余計な所を除き,必要な所だけを取り出して調べますから,ある意味では現実から遠くなる一面は否定できません。しかしその反面,かなり厳密な考察ができるというプラス面があります。双方の立場はこれまでもあったし,科学(化学)はこうして発展してきたのですから。但しお互いは無視し合うのではなく,情報は交換する必要があるでしょうね。

 2.光の本性そのものは光化学の対象ではなく物理学の分野ですから,前述以上に取り上げません。また光化学にとって最初の問題,「光の吸収」についてもここでは取り上げませんでした。もちろん光をどのように吸収させるかという実験的・技術的な問題は当然考えなければならないことです。

 3.光化学は励起状態の性質を調べる「励起状態の化学」といえます。その目的は光吸収で生じた励起状態がそのエネルギーを失う過程,すなわち「失活過程」の全貌を明らかにすることにあるといってよいでしょう。具体的にはある物質に関して

 @吸収,発光スペクトルの帰属,A励起状態の種類,B発光性,反応性があるかないか。あるとすればその発光状態・反応状態はどれか,なければその原因はどこにあるか,C各励起状態間の内部転換,項間交差の効率,D各初期過程の速度定数を求めること,E反応機構を明らかにすることなどが重要な課題になるわけです。そのためには実験としてF発光や反応の量子収量を求めること,G発光などを利用して寿命を求めること,H第三物質の影響をエネルギー移動も含めて調べること.IESR(電子スピン共鳴),閃光あるいはレーザー光分解法(過渡吸収を測定する)によって中間体の性質を調べることなどできるだけ多くを行う必要があります。これら多くの結果を総合することが大事なのです。

ですから光反応機構を研究する場合でも,反応だけを取り上げてもうまくいかないことが多く,光物理的な結果と合わせて研究するのが普通です。

 43で述べた基礎的な研究があれば,次のようなことがらへ発展させることができます。

 @  光に関する自然現象解明に対する手がかりを得ること

 A  励起状態の性質を利用する範囲を広げ,その質を高めること。例えばより良いレーザー媒質の選択幅を広げること

 B  現代の重要課題であるクリーンなエネルギー源として光利用への道を開くこと

 C  光機能性物質や光デバイス等の開発にデータを供すること

しかしこれらも,上で述べたような基本的な研究,知識がなければ実現しないということを最後に強調しておきます。